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断罪者
それでも、クラブでのやり取りについては触れられなくて、他愛ない会話を生み出してばかりいる。
本当はもっと真っ先に伝えるべき言葉があるはずなのに、喉元までせり上がっておいて一歩も其処から出てこようとしない。
少年が居るであろう場所を目指し、ナキツと肩を並べながら歩みを進め、目標としている景色に彩られていく時を待つ。
息を潜め、気取られぬよう極力足音を忍ばせつつ、濃密なる月夜を共に過ごしていく。
「寒くありませんか?」
間が空くほどに、クラブでの一件を掘り起こされてしまいそうな気がして、酷く沈黙を恐れている。
駆けている時は、それだけに集中していれば良かったのだが、歩いている今ではそうもいかない。
徐々に火照りは失われ、時おり身体を緩やかに撫でていく風が、思わぬ肌寒さを運んでくる。
すっかり汗は引いたが、水によって濡れている身はまだ完全に乾いておらず、それもあって思い出したかのように涼しくなってきてしまう。
「別にどうってことねえよ」
「何か羽織れるものでも持ってきていたら良かったんですが……」
「気にすんな。まあ事が片付いたら、何か着るもん調達しねえとな。アレはもう着られる状態じゃねえし……、てか何処に置いてきたっけな……」
「何処で服を脱いだか忘れてしまったんですね……。風邪でも引いては大変ですし、早いところ事を済ませて此処から立ち去りましょう」
至っていつも通りの関わりに思えるが、ナキツの胸中ではどのような想いが渦巻いているのであろう。
配慮してくれているのか、手首については今のところ何も語られず、真意を掴み取れないままいたずらに時を過ごしている。
本当は今すぐにでも切り出して、クラブでの続きへと取り掛かりたいのではないかと思うも、自ら話題に触れることも出来なければ口に出されても困るばかりであった。
その結果、互いになんとなく気まずさを抱え込んだまま足並みを揃え、あからさまにクラブでの一件を避けて言葉を交わしており、まるで腫れ物にでも触れているかのような不自然さが滲み出していた。
「真宮さん」
「ああ……、居やがったな」
灯火を目指してさ迷い、やがて視界には淡い光が映り込み、何者かが背を向けて立っている姿が見えてくる。
自動販売機からもたらされている照らしにより、佇んでいる少年の後ろ姿がはっきりと見えており、今のところ迫り来る影には気が付いていないようである。
傍らから名を紡がれ、互いに視線を標的へと注ぎながら足音を殺し、明確な発言を避けてもやるべき事は分かっているとばかりに歩を進めていく。
天を覆っていた木々の遊歩道を抜け、月夜に紛れながら周囲の警戒を怠らず、再び獰猛な捕食者の煌めきが双眸に宿り始める。
嫌でも人目につくような光源の側で、見つけて下さいと言わんばかりに立ち尽くしている少年は、あまりにも無防備で幼い。
あの手この手で攻め込んできた割には、容易く隙を晒して劣勢へと陥っており、こんなにも脆い守りでよく今まで上手くやってこれたなと首を傾げてしまう。
子供故の詰めの甘さかとも思うが、一歩間違えれば、挑む相手によっては無事では済まされない大事を招き、一人残らず身も心も破壊されかねない。
そのようなやりきれない展開を回避する為にも、道を踏み外している彼等の為にも、たっぷりとお灸を据えて暗がりから引き上げてやらなければと考える。
顔を向けると、すぐにもナキツの横顔が映り込み、程なくして気配を察した青年から視線を注がれる。
声を殺し、交わされた目だけで語らうと、ナキツは静かに頷いて道を逸れていく。
暗夜に溶け込み、やがて彼の姿が見えなくなると、真っ直ぐに先導者を捉えながら再び歩み始め、徐々に距離を詰めていく。
彼等はどうして、このような危うい戯れへと手を染めてしまったのだろう。
何か切欠でもなければ、ここまでの規模にはならないであろうと思うのだが、皆目見当もつかない。
一体何が楽しいのだろう、そして、何がそんなにも許せないのだろう。
「よォ、クソガキ」
数多の星辰 と共に、神秘的な輝きを帯びている月夜の下、背を向けて立ちながら携帯電話を操作している少年へと、僅かな距離を置いて声を掛ける。
「随分と手間掛けさせてくれたな」
大袈裟とも思えるくらい、びくりと肩を震わせて少年が振り返り、瞳には明らかなる動揺が揺らめいている。
ジリ、と後退り、突然の出来事に混乱しているのであろうか声も出ず、咄嗟に逃げようと踵を返す。
「あ……」
しかし逃げ道は失われ、少年の眼前には回り込んでいたナキツが立っており、挟み撃ちにされて一層戸惑いの色を深めていく。
「観念しろ」
顔を隠していようとも、幼さが滲み出ている少年を見下ろし、勝敗はすでに決していると分からせる。
けれども少年は諦めきれないのか、窮地に立たされても大人しく屈してなるものかと、未だに戦意は折れずに眼光鋭く睨み付けている。
「失礼します」
「あっ、やめろよ!」
勝ち気で良いことだが、背後へと隙を晒していた為に容易く忍び寄られ、ナキツに動きを封じられる。
そうして青年の手により、正体を隠していた帽子とマスクが取り外され、骸をまとめている少年の姿がようやく露わになる。
「そんなツラしてやがったのか。ホントにただのガキじゃねえか」
「ガキガキうるせえんだよ、この不良! 俺はガキじゃない!」
「いや、ガキだろ」
「うるさい黙れ! 不良のくせに偉そうなんだよ!!」
だいぶ気が立っているのか、やたらと不良という単語を持ち出して噛み付いており、なんとなくではあるが怒りの対象がうっすらと見えてくる。
ナキツは今のところ何も言わず、背後から腕を回して少年が逃げ出さないよう注視しており、静かに佇みながら事の行く末を見守っている。
「灰我って言ったな。お前が骸をまとめてるんだろ? 今どんな状況になってるのか……、ちゃんとお前に伝わってるか?」
静かに語り掛けると、ぐっと押し黙って視線を泳がせ、灰我は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
それだけで戦況を把握していることが分かり、携帯電話を通して情報を収集している最中だったのであろう。
悔しそうに眉を寄せ、追い詰められながらも負けを素直に認められないようであり、唇を尖らせて大いに不貞腐れている。
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