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断罪者
「ナキツッ!!」
咄嗟に呼び掛けるも何も出来ず、ナキツが視線を向けた先では何者かが暗がりから間合いを詰めており、刹那すら猶予は無く鈍い音が辺りへと響いていく。
「くっ……!」
衝撃に足元をふらつかせたナキツを咄嗟に抱き止め、その隙に灰我が別の者に手を引かれて連れ出されており、どうやら仲間の少年が助けに現れたらしい。
「ナキツ……! おいっ、大丈夫か?」
焦りを浮かべ、目前で額を押さえているナキツを見つめ、ざわざわと胸の内が荒れ狂っていく。
「テメエらっ……!」
怒気を孕んだ表情で睨み付けるも、少年達は一歩も引かずに今にも駆け出そうとしており、手を引かれている灰我は一層動揺を深めている。
灰我を含めて五名が居り、各々の手には鉄パイプが握られていることから、ナキツが何で殴られたかを理解する。
「逃げるぞ、灰我!」
「あ、でもっ……、あの人達は……」
「何やってんだよ、早く!」
「ち、違うよ……! 俺なんにもされてない! あの人達は俺をっ……!」
懸命に言葉を掛けるも聞く耳を持ってもらえず、追われるのを恐れて無理矢理に手を引き、少年達は一斉に駆け出して去っていく。
何度も何度も、灰我は振り返るけれども立ち止まれず、やがて暗夜へと溶け込んで何も見えなくなる。
そうして一帯には何事も無かったかのような静けさだけが漂い、睨み付けていた視線を逸らしてナキツへと意識を向ける。
「ナキツ……」
「うっ……、大丈夫です。まだ少し、頭がくらくらしますけど……、問題ありません」
「無理すんな……。何処殴られた、見せてみろ」
「これくらいなんでもありませんよ。真宮さんが無事なら……、俺はそれだけで……」
「馬鹿なこと言うなっ……。なんでそこまで俺を優先する。なんでそこまで自分をないがしろにする。俺はお前が傷付くところなんて見たくないっ……」
「真宮さん……」
どうしてそこまで自分を軽んじるのかと、悲痛な表情でナキツへと語り掛けながら、腕を掴む。
手で覆われていた額を覗き込むと、幸い大した怪我には至らなかったようであり、心底安心する。
間近で視線が交わり、綺麗な顔立ちをした青年に見つめられており、何も言わずにゆっくりと時が刻まれる。
「そんな顔させたくないのに……、心配されて嬉しいなんて、矛盾してますね」
フッと微笑まれ、頬を撫でられても払いのけず、ナキツと視線を通わせる。
「俺は大丈夫です。ご心配をお掛けしてすみません。彼等についてはどうしましょうか……」
すっと頬から手が離れたのを機に、密接な関わりから距離を置いて佇むと、行方を眩ませた灰我達へと思考を切り替えていく。
「もう悪さする気はねえと思うが……。なんとも言えねえな」
少なくとも灰我には、骸として今後も何かしてやろうという意思は無いように思えたのだが、実際の心情など彼にしか分からない。
何も起こらなければ良いのだが、危うくて怖いもの知らずな少年達にひやひやさせられるばかりで、これ以上首を突っ込まないことを願うしかない。
ヴェルフェには手を出すなと伝えたけれど、灰我のみで構成されている集団ではない為に、関わりを持つ可能性を上げればきりがないし、やきもきするだけ無駄である。
「真宮さ~ん! ナキっちゃ~ん!」
視線を向けると、闇を切り裂くような明るい声と共に、朗らかに笑いながら青年が駆けてくる。
後に続いて数名の仲間も走っており、向こうも事が片付いたのだと理解する。
「任務完了ッス! あの手この手でこらしめてやったッスよ~、ふっふっふ! もう悪さしようなんて思わないっしょ!」
どのような手で戦意を根こそぎ奪い取ったのかは不明だが、有仁は別れた時と同様に晴れ晴れと楽しそうな様子であり、見ているだけで気持ちが和んでしまう。
「ラスボスとの決着はついたッスか? 逃げた感じ?」
目前へと辿り着き、足を止めて見渡しながら有仁が声を出し、灰我の姿を捜しているのだと察する。
完全に決着がついたとは言い切れない為に、なんと説明したら良いものかと考えるが、上手く言葉をまとめられないでいる。
「途中で仲間が現れて、逃げられてしまった。でも彼自身にはもう、何かをしようという気持ちはないと思う。まあ……、確実なことは言えないが」
傍らにて佇んでいたナキツが答え、有仁達は静かに話を聞いて頷いている。
「ま、いんじゃね! 上々っしょ! また何かあったらそん時考えりゃいいんすよ~! なんもねえうちからあれこれ考えても仕方ねえし! つうわけで! 飲み行こうぜ~! 打ち上げッスー!!」
相変わらずの緩やかさで、有仁がにこにこと笑いながらまとわりつく靄を振り払い、一刻も早く飲みたくて仕方がないらしくジタバタしている。
しょうがねえな、とは思いながらも悪い気はしなくて、底抜けの明るさに救われていることも多い。
片付いたとは言い難い為に、もやもやを完全に振り払うことは出来ないでいるのだが、今考えていても仕方がないなと有仁の言葉を聞いて思う。
騒動には一旦の区切りがつき、今日のところはもう他に出来ることなんて何も無いので、落ち着いて頭を冷やしたほうが良いかと考える。
「その前に、どっかで服調達しねえと……、へっくし!」
「え……? 真宮さんがくしゃみ? か、風邪なんすか真宮さん……」
「なんか落ち着いたら急に寒くなってきたな……」
「大丈夫ですか、真宮さん」
盛大にくしゃみをして、ぶるりと身体を震わせると、ナキツは心配そうに気遣ってくれているのだが、有仁は信じられないといった様相で見つめている。
「アレは風邪引かないはずなのに! アレは……! そう、アレは!!」
「バカは風邪引かねえって意味かな、有仁くん」
「イエス! オフコース!」
「……」
「……て冗談す冗談ッス、許してええええ!!」
「待てコラァッ!!」
脱兎の如く駆け出す有仁を、獰猛な猟犬の如く俊敏に追い掛けていく様を見て、ナキツを含めた面々がやれやれ……といった様子で佇んでいる。
此処から立ち去るには、もう少しだけ時間を必要とするようであった。
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