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虚ろなるもの
無数の足音が重なり、荒く呼吸を繰り返しながら我武者羅に駆け、何処を目指しているのかも分からないまま後に続いていく。
一体どうしてこのようなことになってしまったのかと、疑問を連ねたところで何の解決にもならなければ時間の無駄であり、すでに後戻り出来ない地点にまで到達してしまっている。
静かに、ただ穏やかに下界を見下ろしている月に、数多の星に咎められているようで、去り行く姿を逃すまいと淡く照らし出されている。
何も語らず、懸命に地を蹴りながら園内を駆け抜け、仲間の後ろ姿を視界に収めていても気掛かりなのは、先ほどの青年達のことであった。
可能であれば、今すぐにでも踵を返して駆け付けたいのだけれど、実現したところで一体自分に何が出来るというのだろう。
事情を知らなかったとは言え、仲間の一人が鉄パイプで殴り掛かってしまい、状態もきちんと分からぬままに連れ出され、彼等が今どうしているのか気になって仕方がない。
今更な後悔、今になって悔やんでもこれまでしてきた行いを帳消しになんて出来ず、都合の良い展開には幾そ度願おうともなりえない。
去り際に見た、怒気を孕んだ表情を浮かべていた青年の姿が、脳裏にいつまでも焼き付いていて離れない。
叱り、優しく包み込んでくれた青年を怒らせてしまい、大切な仲間であろう人物を傷付けてしまった。
初めから分かっていたはずなのに、いつの間にか単なる遊びとして溺れ、麻痺し、見えていたはずのものがいつしか霞んで見えなくなっていた。
青年の仲間を傷付けて悔やんでいるけれど、今夜に至るまで一体どれだけの人間へと手傷を負わせたことであろう。
今でも不良は憎いし、マガツの面々は間違いなくクズであるけれど、全ての者を同じと決め込んでしまったことは本当に愚かであり、重大な過ちであったと感じている。
これでは本当に、彼に言われた通り、この目で見てきたマガツの愚行と何ら変わらない。
刺激的な行為へと気持ち良く臨む為に、自己中心的な理由で塗り固め、結果として現在の状況を自らの手で招いている。
せめて一言だけでもきちんと謝りたかったと思っても、今となっては叶わぬ願いであり、彼等に会わせる顔もなかった。
「おい! あそこに誰かいるぞ!」
想うことは多々あれど、今は先へと進んでいるしかなく、不意に先頭から掛けられた声を聞いて視線が集中する。
闇に紛れつつ、目を凝らせばどうやら此方へと向かってきているようであり、仲間の一人かと思いながら駆けていく。
中心部では、今どのような事態へと転じているのだろう。
きっと彼が率いているチームによって、今頃もう制圧されているところかもしれないけれど、寧ろそうなってしまえばいいのにと心の片隅では望んでいる。
自力で片もつけられない甘えた考えではあるが、彼によって束ねられている群れならばきっと、上手く収めてくれるかもしれないなんて思えてしまうのだから、出会ったばかりだというのになんとも不思議な存在であった。
「待て……! なんかおかしい!」
それまで順調に先へと進んでいた足が、先陣から発せられた言葉を合図に急停止を余儀無くされ、前の者にぶつかりながらもなんとか立ち止まる。
そうして改めて前方を見遣り、着実に近付いてきている人影をじっくりと見つめ、次第に掛けられた言葉の意味を理解してくる。
少しずつ輪郭が浮かび上がり、真っ直ぐに此方を目指しているかのような堂々とした足取りで、大股に歩を進めている人物へと一抹の不安がよぎる。
幾ら今では把握しきれない程の仲間が居るとはいえ、それでも笑みを浮かべながらやって来る青年とは、これまで一度も会ってはいないと確実に言える。
段々と姿を現していき、長身の青年は肩をいからせながら踵を鳴らし、楽しそうに笑みを湛えて歩いてくる。
額にはゴーグルを装着し、神々しいまでに輝きを帯びている金髪は長く、後ろで一つに纏められているようである。
ライダースジャケットを着込み、見るからに気が強そうで派手な印象を受ける青年は、しっかりと双眸に少年達を映し込んでいる。
注がれている光により、はっきりと金髪の青年を捉えられるものの、急激に込み上げてくる不安に説明がつかない。
自陣の面子でなければ、先ほどの青年が率いていたディアルの人物と考えれば自然であり、まさに今そう思おうとしている。
けれどもどうしてか、向かってくる青年がディアルの人間であると納得出来ず、何故だか這い上がってくる嫌な予感に戸惑いを隠しきれない。
証も無いというのに、どうしてか彼をディアルの者とは思えず、此処に居てはいけない逃げなければという焦りに支配されていく。
なんで、どうしてそう思うんだと考えたところで解決には至らず、無防備に突っ立っている間にも青年との距離が近付いていく。
「よォ~、クソガキどもォ。こっから先は通れねえぜ~?」
紡がれた台詞を耳にした瞬間、絶対にあの人の仲間じゃない! と本能的に察知した灰我は、共に立ち尽くしていた仲間達へと慌てて語り掛け、咄嗟に右へ逸れて走ろうとする。
青年の様子を横目で確認するも、逃げていく姿を目にしていても彼は動じず、追い掛けようともせずにゆったりと歩いている。
「ま、待て! 向こうからも誰か来てる!」
全く意図が見えないけれど、例え罠であっても足を止めているよりはマシだと思い、再び駆け出して彼から逃れようとする。
しかしそれは、先頭から発された声によってアッサリと閉ざされてしまい、視線の先からまたしても誰かが歩いてきている。
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