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虚ろなるもの
「あんまり手間掛けさせないでくれる……? テメエらみてえなションベン臭ェクソガキどもの相手してる暇なんかねえんだよ。大人しくしてねえと生爪剥ぐぞコラ。ねえ、ナギリ!」
金糸のように目映い光沢を放つ髪は、肩まで伸ばされて可憐に揺れており、今しがた放たれた台詞と結び付かない程度には、可愛らしい容貌をしている。
白いブラウスの上に、太股までの黒いオールインワンを着用しており、すらりと伸びた足には同色のブーツを履いている。
人形のように整った顔立ちをしており、誰もが視線を奪われてしまう程に愛らしく、庇護欲をそそられるであろう美しい人物が、コツコツと踵を鳴らしながら近づいてくる。
未だに信じられないでいるけれど、継がれた罵詈雑言は天使のように愛らしい者から聞こえており、苛ついた様子で冷たい眼差しを向けている。
傍らには、ナギリと呼ばれていた青年が歩いており、真紅の髪を揺らしながら特に何を紡ぐこともなく、淡々と距離を詰めてきている。
「大人しくしていれば危害は加えない。じっとしていろ」
びくりと肩を震わせて一斉に振り返れば、いつの間に背後を取られていたのか見知らぬ青年が立っており、感情の窺えない瞳にじっと見つめられている。
漆黒の髪と共に、首筋には同色の揺らめきが彫られており、状況を理解出来ぬままにいつしか完全に逃げ場を失って混乱し、自然と来た道へと視線が逸らされていく。
一縷の希望にすがりたかったけれど、双眸にはすでに次なる存在が映り込んでおり、言い様のない緊張感に抱き込まれながらも一歩すら踏み出せないでいる。
ゆったりとした足取りで向かってくる人物を捉え、淡い照らしによって煌めきを帯びている銀髪を揺らし、暗色のスーツを身に纏う青年が歩いてくる。
どうしてか不安感を一層煽られ、眼前へと迫ってくる脅威は柔和な笑みを浮かべているというのに、それがまた言い知れぬ恐怖心を煽ってくる。
籠の中の鳥は羽ばたく自由すら許されず、取り囲まれて緩やかに安息を奪われていき、塵にも等しい贄として捧げられていく。
「やあ。待ちくたびれたから……、こっちから遊びに来ちゃった」
軽やかに話し掛けられるも、生唾を飲み込んで立ち尽くしているしかなく、誰もが視線を奪われて硬直している。
絶対にディアルのメンバーではないと断言出来、漂う雰囲気があまりにもかの青年とは違いすぎており、禍々しさすら感じる空気を孕んで彼等は佇んでいる。
なんで、どうして、誰、と次から次へと湧き出る疑問は後を絶たず、そのどれもに明確な答えを見出だせずにいる。
いつ出られるとも分からぬ籠へと閉じ込められ、やがて足を止めた銀髪の青年から視線を逸らせぬまま、背筋が薄ら寒くなっていく。
「初めまして、灰我くん。こんな遅くに出歩いてるなんて……、いけない子達だね」
やけに綺麗で、品の良い佇まいの青年に見下ろされ、名前を紡がれてより一層の緊張感に包まれていく。
眉尻にピアスを収め、にこりと微笑んでいる銀髪の青年と相対し、唇を開くもののなかなか言葉を出せないでいる。
言いたいことはある、どうして名前を知っているのか。
囲んでいる人物の誰も知らないというのに、相手には全てを見透かされているような気がしてきて、正体不明の襲来に薄気味悪くて身体が強張る。
「な……、なんだよっ……。誰なんだよ、お前!」
懸命に勇気を奮い立たせ、震えそうになる声を精一杯に発しながら、目前にて佇んでいる青年へと言い放つ。
しかし折角かき集められた勇気は、紡いだ直後に喉元へと差し出された鋭利な刃により、いとも容易く粉微塵に吹き飛んでいく。
息が詰まり、身動きも取れないままに恐る恐る視線を傍らへと向け、白く細い腕が差し伸べられていることを確認する。
「ねえ……、誰に向かって口聞いてるの……? 躾のなっていない子供は僕嫌いだなあ……。身の程を弁えようね。じゃないと切っちゃうよ……?」
鈴を振るような声で語り掛けられているというのに、その手に持たれているのはナイフであり、今にも柔肌に触れそうな位置で揺らめいている。
性別が定かではなく、先ほどと違って丁寧な言葉遣いではあるけれども冷たさが増しており、今にも切られてしまうのではないかと生きた心地がしない。
傍らから沸き立つ甘い香りに鼻腔をくすぐられながらも、とても華やいだ気分になどなれず身を固まらせており、絶望的な危機へと瀕して思考なんてまともに働くはずもない。
「憂刃 」
「はい」
青ざめた表情で為す術もなく立ち尽くしていると、目前で佇んでいる銀髪の青年に呼び掛けられ、憂刃と呼ばれた傍らの人物は直ぐ様返事をする。
「下がってろ」
たった一言告げただけで、憂刃は大人しく刃をしまって一礼し、素直に後退して黙り込む。
どうしたら良いのか分からない出来事の数々に晒され、戸惑いを生むばかりでますます頭の中が真っ白になっていき、言葉に詰まって喉がカラカラに渇いていく。
マガツとは違う、ディアルとも違う。
では今、眼前にて佇んでいる優美な青年は一体、何者なのであろうか。
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