107 / 343

虚ろなるもの

見目麗しい青年は、白銀の髪を涼やかな風に弄ばせながら、莞爾(かんじ)として笑んでいる。 左の眉尻にかけて収められているピアスが、品の良い顔立ちにはおよそ似つかわしくないように思えるも、鈍く輝きを帯びながら連なっている白銀により、一層謎めいた印象をもたらされている。 目の前で佇んでいるというのに、どうしてか現実味を感じられずに夢でも見ているようで、危機に瀕して身構えながらも視線を捕らわれて離せない。 暗黒色のスーツを纏い、自然と人目を惹いてしまう青年は微笑を湛え、暫くは黙したままじっと少年達を見下ろしている。 一見すると穏やかで、柔らかな物腰に騙されてしまいそうになるけれど、双眸からは身も凍りそうな冷淡さが溢れ出しており、この男は危ないと本能的に感じ取る。 「俺が誰だか分からない……? 残念だな。てっきり知ってくれていると思ってたのに」 呑み込まれそうな黒檀(こくたん)を背景に、銀髪の青年から紡がれし台詞を耳にしても、未だに何者であるかは分からずにいる。 少し考えれば何かしら思い浮かびそうなものだが、唐突なる脅威に晒されて思うように頭が働かず、依然として視線を奪われたまま立ち尽くしている。 確証は無いにしろ、かの青年が率いるディアルではないのなら、彼等はまた別の群れに属しているのだろうか。 白銀の髪を揺らしている青年と共に、四名が辺りを取り囲んで退路を断ち切っており、一つの集団として成り立っている。 そうして恐らく、目前にて優美なる佇まいで視線を寄越している青年が、彼等の中で最も位が高いのであろう。 となると、マガツやディアルのようなチームへ所属し、まだ手を出していないところと思案して、気が付きたくもない可能性が足下からずるりと這い上がってくる。 そういえば手を出すなと念押しされていた、それは一体何という群れであったかを考えて、真っ先に見出だせる場所へ答えが転がっているにもかかわらず、思考が拒んで現実から逃れようとしている。 分かっている、本当はもう真実へと行き着いているし、外れて欲しいと願いながらもきっとそれは、確実に当たっている。 「ヴェルフェだ」 ハッとして視線を向けると、黒髪の青年から淡々と解答を紡ぎ出されており、胸の内で一気に鼓動が乱雑に打ち鳴らされていく。 聞きたくもなく、知りたくもなかったけれど、やはり考えを巡らせていた通りの事柄であった。 収束へ向かうかと思われていた騒動が、更なる暗鬱を引き連れて覆い被さり、眼前にて絶望的なまでに行く手を阻んでいる。 手出しさえしなければいいなんて、心の何処かでは思っていた。 素性を隠し、ずっと誰にも暴かれることなくやっていけてると思っていたのに、彼等は当たり前のように狙いを定めて向かい、今では全て分かっていると言いたげな表情で見下ろしている。 ディアルによってこらしめられ、骸という存在は跡形もなく消え去っていくのみであろうと思っていたのに、彼等は遊び足りないとばかりに無理矢理繋ぎ止めてくる。 「今度は俺と……、遊んでくれるよね。灰我君」 「な……、なんで、俺の名前……」 「不思議に思う程の事じゃない。なんでも知ってるよ、灰我君。君の事なら、どんな事もね……」 「う、嘘だ……。でたらめ言うな!」 言い終えてから、鋭い切っ先を突き付けられた出来事を思い出し、背筋を凍らせながら視線を滑らせる。 しかし憂刃からは何の音沙汰も無く、銀髪の青年の言い付けを守って控えており、ナイフを向けられなくて良かったと心底胸を撫で下ろす。 同様に身を固まらせ、立ち尽くしている仲間からは何も発されず、一帯を包む空気にすっかり呑まれている様子であり、どうしたらこの暗闇から這い出せるのかと考えても行き詰まる。 「(かのう) 灰我。私立(あかざ)学園中等部二年。4月10日生まれ、B型。仲のいい友人は芹川 颯太と高久 瑞希だが、今回の件には無関係。となると……、後ろの彼等は塾のお友達かな……」 「なっ……」 「あんまり悪いことばかりしていると、パパとママが心配するよ……? 大切な一人息子なんだから……。ね、灰我君。何か俺、間違ったこと言ったかな……?」 「なんで……、そんな……」 「言っただろう……? 君の事なら、何でも知ってるって……」 鈍器で殴られたかのような衝撃と共に、頭の中が真っ白になって何も考えられなくなる。 彼は一体、今なんと言ったのだろう。 拒もうとも事態は変わらず、偽りではなく本当に何から何まで把握されているようであり、自分がどれだけ窮地に立たされているかを改めて知りゾッとする。 どうしてそんなことを知っているのか問い質したところで、状況は好転もしなければどんどん追い詰められて疲弊していく。 明らかなる動揺を宿し、見上げる視線は怯えを滲ませて揺れ、震え上がりそうな身体をやっとの思いで奮い立たせている。 なんで、どうしてと巡らされていく疑問は、最早機械的に繰り返されるばかりであり、例え答えが分かろうとも此処から脱せなければ何の価値も無い。 「憂刃、ナギリ」 「はい」 視線が絡み合う中、銀髪の青年から発せられた名に応じ、斜め後ろから二つの声が重なる。 「連れていけ」 一瞥もくれず指示を出し、連れていけという言葉に恐ろしい想像が駆け巡るも、背後から聞こえた足音に現実へ連れ戻される。 置かれている立場を忘れて振り向くと、どうしてか仲間達だけが歩かされており、何がなんだか分からないままに引き離されようとしている。 「灰我くんっ……」 歯向かえない、言う通りにするしかないと分かっていても、振り向いて不安げな表情を浮かべている友人と目が合い、咄嗟に追い掛けようと足を踏み出す。

ともだちにシェアしよう!