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虚ろなるもの

視線が絡み合うも、凄々(せいせい)とした双眸からは何一つとして読み取れず、いけ好かない奴だと内心で毒づく。 僅かに目線が高く、冷淡とも思えるような眼差しに見下ろされ、些細な不満がまた一つ積み上げられる。 出会ってから然して時間は経っていないが、ヒズルについては未だに人となりを計り知れずにおり、幾度となく探ろうと試みてはいるのだが今のところ成果は出ていない。 元より、誰であろうとも信用してはいないので、ヒズルの本性を知ったとして何が変わるわけでもない。 けれども、駒としての使い勝手は格段に良くなり、より都合の良い場所としてヴェルフェを利用出来る。 だからこそ、人形のように顔色を変えないヒズルを窺い、瞳の奥にて揺らめいている得体を手に入れようとしているのだが、一筋縄ではいかない相手に時おり嫌気が差すのであった。 「どうしてそんなこと聞くの……?」 再び前へと視線を戻し、虚ろに揺蕩(たゆた)う闇を突き進みながら、傍らにて存在する男へ声を掛ける。 今度は視線を絡めず、踵を鳴らしながらうっすらと笑みを湛え、やがて生じる静粛さへと埋もれていく。 互いに探り合うかのように、暫しの間を黙りこくって靴音だけが響いており、同一の群れに身を置きながらも仲間とは到底呼べない雰囲気を醸し出している。 「あの子供の使い道を考えれば、行く先で真宮とぶつかることくらい造作もなく見えてくるだろう」 相変わらず淡々と、抑揚のない響きが鼓膜へと滑り込むも、銀髪の青年は笑みを絶やさない。 「相変わらず鋭いなァ……。俺に内緒で色々考えてるんだね……? 嫌な奴」 「お前程ではない」 「あ、心外だなァ。こんなに正直者なのに」 「お前ですら正直者なら、世の中聖人君子だらけだな」 「俺も見下げられたもんだな。で、お前はどうなの……? ヒズル」 「聖人君子でないことだけは確かだろうな」 「よく分かってるじゃん。自分をきちんと見つめられて偉いね……」 青年の頬を手の甲で撫でるも、特に何の反応も示さずに歩いている。 初めから何かが返ってくるとは思っていないので、気が済めばするりと手を離し、ヒズルを見つめながらゆっくりと囁いていく。 「俺も、お前とおんなじ……。自分を楽しませることに貪欲なわけ……」 別に、あの男をどうにかしたいわけじゃない。 欲しくなったわけでもなければ、そもそも興味すらない。 それなのにどうしてか、執拗なまでに堕落の底へ叩き落としてやっただけでは飽き足らず、この手は尚も彼の姿を求めているかのように影を追っている。 理由が見えず、そんなもの初めから必要ないとはいえ、未だ理解出来ない情感が今にも消えそうな灯で、心の奥底に小さく燻っている。 何がそんなにも引っ掛かっているのかが、分からない。 だからこそ苛つくのだろうか、真っ直ぐに澄んだ瞳を向けられて、どうしようもなく嗜虐心をそそられてけがしてやりたくなるのだろうか。 まだ分からない、分からないからこそ引き寄せられるように近づいて、己の内側にて脈動せし本質を見極めようとしているのだろうか。 考えるだけ無駄に思え、そのうちまた冷めて捨てるであろうことは目に見えており、真宮という男もその他大勢と変わりない。 暫く遊んでやればいいと、かの群れを纏めている強き青年を思い出し、冷え冷えとした笑みを浮かべる。 「何をしようがお前の勝手だが、あまりに目立つ行動は控えるんだな」 いつの間にか考えを巡らせていたことに気が付き、ヒズルの言葉によって現実へと引き戻される。 窺うように視線を向ければ、傍らの青年は行く先へと顔を向けており、今は靴音だけが響いている。 「何それ、忠告のつもり……?」 「立場を忘れるな、ということだ。構うのは勝手だが、あまりのめり込むなよ。お前に心酔している者も少なくないからな」 「そういうこと言う割には……、真宮と引き合わせてくれるのはどうして?」 「そうしたほうがいいと感じたまでだ。深い意味は無い」 「ふうん……、そうやってまたはぐらかすんだ。お前の心はなかなか開けないなァ~」 「自分を棚に上げてよく言う」 危うい夜の灯火が近付き、やがてうっすらと出入口が見えてくる。 今夜行われている騒動はもう、収束しているのだろうか。 先ほどの少年逹以外には誰とも会っておらず、恐らくはディアルの手によって制圧されたのだろうと考えられる。 誰と出会しても構わなかったのだが、このまま平和に公園を抜けられそうであり、今後に思いを馳せて少しは面白くなりそうだと感じている。 「お前も好きだろ……? 楽しいこと」 笑みを湛えて投げ掛ければ、冷えた眼差しを向けられるも彼は、何も言わずに視線を交わらせている。 単なる平穏を望んでいる者が、こんなにも昏い世界にわざわざとどまっているわけがない。 思考は読めないにしても、脅威となる要素は今のところ芽生えていないと確信している。 「退屈しているよりはマシだな」 返答を期待してはいなかったのだが、ヒズルから肯定ともとれる言葉が紡ぎ出される。 それを聞いてフッと笑み、事が起こるであろう少し先の未来を見つめ、黒髪の青年と歩調を合わせて公園を後にしていく。 何もかもが虚ろで、色褪せて見える世界に突如として現れた強き眼差しの青年だけが、がんじがらめに封じられた心をどれだけ揺さぶってやまないかをまだ、知らずに。

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