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Tritoma

「つうわけで! 俺にカンパ~イ!」 なんでお前になんだよ! と方々から野次が飛び交う中、有仁と言えばお構い無しにもう飲んでいる。 あれから場所を移動し、気の置けない仲間と共に更なる夜を満喫するべく、居酒屋へとやって来ていた。 個室にて落ち着いてからまだ間もないというのに、すでに有仁を始めとした面々は出来上がっており、世話の焼ける奴等だなと思いながらもそんなに悪い気はしていなかった。 「やっぱ身体動かした後のお酒は最高ッスね~!」 グラス片手に満面の笑みで語る有仁だが、いつでも何処でもそういう台詞と共に酒を飲んでいるので、限り無く説得力がない。 結局のところ常にご機嫌な有仁にとっては、現在もありふれた日常の幸せであり、それはきっと自分を含めて全員が感じているのだろうと思う。 「あ、真宮さん! 改めて紹介するッス~!」 笑顔で溢れている室内を見渡し、穏やかな心地で過ごしながら紫煙を燻らせていると、不意に声を掛けられたので視線を向ける。 テーブルを挟んで向かい側にて腰を下ろし、有仁が笑みを浮かべたまま此方を見つめており、腕を伸ばして傍らに座っている者の首根っこを掴む。 「まあ、もう今更って感じッスけど! コイツ、(きのと)って言います! さっきクラブで歌ってた奴ッスよ~! 雰囲気違い過ぎて誰これって感じッスけど!」 そう言いながら引き寄せられた者と目が合い、にこやかに微笑んで手を振ってくる。 確かに有仁の言葉通り、クラブで目撃してからだいぶ印象が変わっており、力強く歌い上げていた人物と同じようにはなかなか思えない。 「どうも~、真宮さん。改めまして、乙って言います~。キノトでもオツでも、好きに呼んじゃって下さいね~」 「ああ、よろしくな。服のこと助かった。有り難く貰っておくな」 「いやあ、全然ッスよ~。困った時はお互い様ですよ~」 「オツと話してると眠くなるんすよね……。酔いの回りがめっちゃ速くなるッスよ、気を付けて!!」 有仁と乙、対照的な雰囲気を前にグラスを持ち、ゆったりと飲みながら会話を続けていく。 日中、ケーキにかぶり付いていた有仁から聞いていた通り、彼等は友人で乙はバンドを組んでいる。 クラブにて乙の姿を見掛けていた時は、凶猛に観客を煽って毒づいていたというのに、目の前にて酒をちびちび飲んでいる様子はまるきり無害である。 あまりの二面性に驚くも、有仁の友人なだけあって心根の優しそうな者であり、彼のお陰で容易く衣類の調達を果たせている。 乙によって緩やかな空気が流れており、話していると眠くなると言っていた有仁の台詞も頷ける。 加えてつい先ほどまで全速力で駆け回り、あまりにも良い運動をしてきたこともあってか、普段よりもかなりの速さで酔ってきている気がする。 「歌ってる時とは、全然雰囲気違うんだな」 「よく言われるんですけど、そんなに違いますかね~?」 「ああ。もう別人だろってくらい違うな」 「二重人格ッスよ! きゃあ怖い! 真宮さん、見ちゃダメッス!!」 「ヒトヒトは、まるで裏表がないよね~。バカだからかなあ。後ちびっこいしね~。甘党だし~、割と軽率だし~」 「オイなんで突然俺をディスり出した! オッくんのバカ~! 普段こんなんッスけど、スイッチ入ると豹変するから気を付けてッス! マジ、デンジャー(おつ)!!」 微笑ましいやり取りを眺めつつ、なんだか本当に眠くなってきたなと思いながらも、和やかな情調に呑まれて酒を煽る手を止められない。 ほんのりと頬を染めつつ、知らず知らずのうちに普段よりも柔らかな笑みを浮かべながら、あちらこちらでの語らいに耳を傾ける。 先ほどの事がまるで嘘のように、見慣れた面々による楽しげな姿が視界に映り込んでおり、輪の中にナキツを見付けてぼんやりと眺めてしまう。 グラスを片手に、微笑を湛えて仲間と話し込んでいる姿を見て、なんだか安心してしまう。 それと同時に、まだクラブでの一件を引き摺っている部分もあり、どうにも消化しきれない靄が心中を覆ってしまっている。 元を辿れば、なんの解決にもなっていない。 なんとなく休戦しているような状態であり、いつまた火種が燻り出すかも分からない。 そうなってしまった時、自分は一体どうしたらいいのだろう。 傷付けるような言動を避けたくても、明かせない以上は拒絶していることしか出来ない。 そもそも漸と、あのような事態に陥っておきながら、傷付けたくないなんて言葉で塗り固めているのはおかしく、結局は自分の心を守りたいだけのくせによくそんなことが言えるものだ。 さも相手の為と見せかけて、実際はそれらを知られて自らが傷付くことを恐れているだけだというのに。 「真宮さん、どしたんすか?」 「ヒトヒトが何か粗相しましたか~?」 「俺のせいかよ! オツ! この! バカ!」 ぐらりと視界が揺れ、少し外気に触れて酔いを覚まそうと思い、ふらつきそうになる足をゆっくりと立たせていく。 すると向かいで語らっていた有仁と乙が気付き、声を掛けてくる。 「なんか酔ってきちまったから……、外の風に当たってくる。すぐ戻る……」 「一人でだいじょぶッスか? つかすぐ戻るっつって、すぐに戻ってきた試しがないんすけど!」 「大丈夫ですか~? ついて行きましょうか~?」 「とか言って真宮さんを闇討ちする気なんじゃないの! お前がヘッド様になるとか絶対ヤダやめて~!」 「そんなことしないよ~。信用ないなあ」 なんだかんだとまた盛り上がり始めた二人を余所に、今のうちに脱け出してしまおうと歩を進め、賑わう一室からゆっくりと離れていく。

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