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Tritoma

「んん……」 寝返りを打ち、心地好い眠りから徐々に引き上げられていき、何処からともなく愛らしい囀りが聞こえてきて、やんわりと暖かな陽射しを感じ取る。 もう少し寝ていたい気もするけれど、目蓋を押し上げて視界を確保していき、暫くはぼんやりとただ見つめている。 頭が働かず、ゆっくりと瞬きを繰り返しながら一点を見つめ、緩やかに睡魔と格闘しているのだがなかなか覚醒出来ず、うとうとしつつ仰向けに寝転がる。 気だるげに溜め息を漏らし、微睡みの中でうっすらと天井が映り込んできて、油断したら二度寝してしまいそうな自分をなんとか引き止めながらも、漠然と何かがいつもと違うような気がしてくる。 初めは寝惚けているだけかもしれないと考えたが、眺めれば眺めるほどに違和感ばかりが募っていき、果てはこういう天井だったっけ、いや違うと心の中で自問自答をしてしまう。 「アレ……? 俺んちじゃねえな……」 結果として、ひとまず自分の家ではないということは分かったのだが、では一体何処なのだろうかという疑問が湧いてくる。 ホテル等ではなく、確実に誰かの家のようであり、今のところ他に人の気配は感じられない。 そもそも昨日は何があったっけ、と思い返し、記憶を探っていく程に少しずつ思考も呼び覚まされていき、眠気も覚めていく。 誘われてクラブへと赴き、ヴェルフェの面々と顔を合わせ、その後に骸と一戦交えてひとまず落ち着いたところで仲間と飲み交わし、そうして途中で席を立ったような気がすると思い、直後にナキツの姿が脳裏を過る。 「ナキツ……? ああ、此処……、アイツの家か」 寝室に立ち入ることなんてまず無かっただけに、気が付くまでに時間を要してしまった。 だが、ナキツの家であることは恐らく間違いないようであり、思えば思うほどに他の可能性なんて有り得ない。 そういえば昨夜は、酷く酔っていた気がする。 いつもよりも格段に酒の巡りが速く、そうしてナキツと此処まで来てからの出来事を気軽に思い返し、途端に一気に蘇ってくる記憶の数々に晒されて目が覚め、次いでガバッと勢い良く飛び起きる。 だらだらと冷や汗を掻いてしまいそうな心地の中、信じられないがどうしてかあまりにもあられのない行いばかりが思い起こされていき、思考が追い付かず目が点になっている。 「え……、アレ……、おい……、ちょっと待て」 夢……、じゃ、ねえよな……。 一瞬で睡魔が消滅し、なんともいえない表情を浮かべながら硬直していると、己から発されたのであろうとんでもない台詞が突如として押し寄せてきて、うわあああと頭を抱えながら記憶を追いやる。 恐る恐る辺りを見回してみると、何処にもそういった痕跡は見当たらず、自分といえば見覚えのない服を身に付けていて、どうやらナキツが貸してくれたのだろうと思う。 そうしてまたふっと、彼に支えられながら浴室へと赴いたような気がしてきて、何やらまたとんでもないことを思い出しそうで居ても立ってもいられずベッドから下り、何にも考えられないままに部屋から出ていく。 「あ」 そして目の前に現れたのは、件の青年ナキツであり、互いに唐突な出会いに驚いた表情を浮かべて二の句を告げず、暫しの時を佇んで静寂が流れていく。 部屋を飛び出したは良いものの、まさかいきなりナキツに出会ってしまうとは思わず、完全なる不意打ちに晒されて不覚にも固まってしまう。 ナキツの家であるのだから、何処で唐突に出会おうが不思議ではないのだが、全く頭なんて働かずに現在では更に拍車がかかってしまっている。 「あ。お、おう……、ナキツ」 あからさまに不自然な態度をとってしまい、全ての情事が荒波のように襲い掛かってきて瞬間火を噴き、ナキツの目前で頬を赤らめる醜態を晒す。 カァッと耳まで真っ赤にし、一旦こうなってしまえば簡単には平静を取り戻せず土壺にはまるばかりであり、額に手を添えて顔を背けるくらいしか手立てが思い浮かばない。 「あの、真宮さん……」 「ンだよ……」 「そう、あからさまな態度をとられると……、俺まで釣られてしまうんですが……」 「は……? テメ赤くなってんじゃねえよ!」 「いや……、真宮さんが……、赤くなるから……」 「俺のせいかよ! 元はと言えばテメエが……! テメエ、が……、ホント……、お前……、容赦ねえのな……」 「すみません……。随分と無理をさせてしまいました。その、歯止めがきかなくて……、真宮さんがあまりにも」 「あああ分かったもういい何も言うな!」 互いに額へと手を添えて俯くというシュールな絵面が広がっており、恥ずかしさばかりが先に立ってしまってナキツをまともに見ていられず、照れ隠しに今にもぶん殴ってしまいそうである。 酒に酔ってはいながらも、昨夜の出来事はしっかりと脳裏に焼き付いており、自分で自分が本当に情けないとがっかりする。 「体調は、どうですか……?」 「酒ならしっかり抜けてる」 「いえ、そうではなくて……」 「あ……? ……お、お前、気ィ遣う割には……、あの後、覚えてんぞ……。風呂場に連れ込んで、お前、あんな……」 「すみません。つい、抑えがきかなくて……」 「ついじゃねえよ。随分と色々言ってくれたな、お前……」 「真宮さんも……、随分と色々言ってくれましたね。いつもなら絶対に言ってくれなさそうな」 「あああ分かったもういいって言ってんだろ!」 それだけで、昨夜の色々がすぐさま駆け巡っていき、頬には更なる赤みが差す。 なんだか墓穴ばかり掘っている気がしても、黙って突っ立っているのも耐えられず、ナキツから視線を逸らしながらも会話を続けている。 昨晩、あの後も当たり前のように事は続いていき、最終的には身を清めてくれるはずの浴室ですら、何かが起こっていた気がする。 だが、思い出してしまえば一層恥ずかしさが増すばかりなので、今はなんとか考えないように気を逸らしながら相対し、この状況をどうしてしまおうかと思い悩んでいる。

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