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Tritoma
「あ~……と、その、なんつうか、まあ、アレだ……。わ、悪かったな……」
そろそろと額から手を下ろし、依然として頬を染めたまま視線を逸らし、歯切れ悪く言葉を紡ぎ出す。
心掛けようとする程に、より一層意識してしまって頭の中から追いやれず、冷めるどころか火照っていくばかりである。
情けなくも今すぐ此処から逃げ出したいと思ってしまい、なんと切り出して立ち去ろうかと大いに頭を悩ませているのだが、何にも閃かずに立ち尽くす時が続いている。
「どうして、真宮さんが謝るんですか……?」
甘やかな低音が降り注ぎ、次いで頬へと温もりを感じてびくりと肩が震え、咄嗟に視線を滑らせる。
目の前には、当然の事ながら家主であるナキツが居り、つい先程まで赤面していた様子が嘘のように真面目な顔で、全てを見透かされそうなくらいに真っ直ぐな視線を注いでいる。
すり、と頬を撫でられて熱さが増し、払い除ければ良いものを身を固まらせてしまい、視線を泳がせて何にも言えずに口を閉ざしてしまう。
調子を狂わされ、彼の領域で二人きりという状況は非常に不味く、容易く流されかけて術中に填まってしまいそうになっている。
「後悔していますか……?」
「そ、そんなこと聞くんじゃねえよバカ野郎……」
「俺は、後悔なんてしていません。するわけがない……。告げた想いの数々は全て本物ですし、貴方と居られて今とても幸せですよ。真宮さん」
思い出してはいけないと気を付けても、ナキツの台詞によりまたしても脳裏を過っていき、昨夜の記憶を呼び起こされて頬が熱くなる。
「なっ……、て、てめえなっ……、朝っぱらから、な、何言って……」
「今日も……、貴方のことが好きですよ。真宮さん。これからは、好きな時に言わせてもらいますね」
「お、お前……、実は面白がってんだろ……。いい加減にしねえとぶっ飛ばすぞ、この野郎……」
「昨夜も散々伝えたのに、信じてもらえないんですか……? 俺の気持ち」
「うっ……。だ、だからお前……、それは、その……」
ナキツから視線を逸らしている為に、悪戯な笑みを浮かべながら此方を見て、恥じらう姿を眺めて楽しまれていることには今のところ気が付いていない。
いとおしそうに見つめられ、畳み掛けるように攻められて本来の調子を取り戻せず、顔を赤らめたまま立ち尽くしてしまっている。
どうしてこんなことにと思っても、相変わらずナキツに翻弄されて恥ずかしさばかりが募っており、まともに視線を合わせれば更に熱さが増してしまいそうである。
「なあにやってんすか……? そんなところに二人して突っ立って、朝っぱらからイチャコライチャコラ」
すっかり呑まれ、身動きも取れずに唇を閉ざし、どうしたらいいのか分からなくなって途方に暮れていると、唐突に後方からガラッと窓の開く音がする。
次いで、それはそれは大変に聞き覚えのある声が鼓膜へと滑り込み、すぐさま振り向いて話し掛けてきた者の正体を確かめる。
「あ……、有仁……?」
状況が呑み込めないが、窓を開けているのは紛れもなく有仁であり、携帯電話を片手にベランダから顔を覗かせている。
思わず素っ頓狂な声が漏れるも、お構い無しに室内へと足を踏み入れており、窓を閉めてじとっと此方を見つめている。
コイツいつから居たんだと冷や汗を掻くも、ナキツの表情を覗き見たところで一切の情報を得られず、何がなんだか分からなさすぎて段々と苛々してくる。
「有仁……」
「ん? なんすか、真宮さん」
「とりあえずテメエ……、ちょっとこっちに来い」
「うわ……、超絶理不尽な八つ当たりされそうな気しかしねえ……。あとナキっちゃん!? あからさまに邪魔そうに俺を見るのやめてくれる!? ガラスのハートが傷付いちゃうんすけど!」
静かに手招きして呼び掛けると、瞬時に何やら不穏な気配を察してしまったらしい有仁が、引きつった笑みを浮かべながらじりじりと後退りしている。
今しがた閉めたはずの窓へと手を掛け、逃げる準備は万端とばかりに思いきり警戒されており、素直に勝手を許してくれる気はどうやら無いようだ。
ベランダへと駆け込んだところで、袋小路に自ら突入していくようなものなのだが、それでも目先のピンチから脱け出す為ならば彼は期待を裏切らずに飛び込んでいくのであろう。
それはそれで面白そうなのでちょっと見てみたい気もするのだが、想像の段階ですでに笑えてくるのであった。
「なんでもあれから朝まで続いていたそうで、帰るのが面倒だからと押し掛けてきたんですよ。まだやって来てからそう大して時間は経っていないです」
有仁を眺めていると、傍らから声を掛けられて事情を察し、此処を訪れてから然して時間が経っていないと知れて安心する。
昨夜から居るなんて言われた日にはどうしようかと思ったが、杞憂に終わってくれて本当に良かったと思いつつも、心配事を見透かして暗に告げてくるナキツにはますます視線を合わせられない。
「朝まで……? バカかよ、お前ら。ったく、そんな時間まで何してたんだか……」
「それはそうと真宮さん……、結局あれから帰って来なかったすね~」
「え……? ああ、そう……だっけ……?」
「しかもナキっちゃんまでいつの間にか居なくなってるしィ……? マジ大変だったんすけどアイツらの介護……! いや~仲良く抜け出した二人には俺の苦労なんてわっかんないッスよね~!? あ~大変だったな~! 二人して俺を除け者にして何やってたのかな~!」
何やら地雷を踏みつけてしまったようであり、完全に機嫌を損ねている有仁がむすっと膨れっ面で拗ねており、グサグサと棘のある言葉で突き刺してくる。
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