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Tritoma
むに、と柔らかな頬をつねってみると、すかさず有仁から非難の声が上がるも、いまいち本気で嫌がっているのか定かではない。
それならと次第にエスカレートしていき、むにむにと引っ張ったりして遊んでいると、流石に嫌になったのであろう有仁が騒ぎ始め、暴力反対と訴えている。
「何処が暴力なんだよ。可愛い戯れだろ。ったく、いちいち大袈裟なんだよ」
「何処が可愛い戯れなんすかァッ! 絶対赤くなってるっしょ、俺のほっぺた!」
「さっきからずっと赤いじゃねえかよ。アレ~? なんで赤くなってたんだっけな~? なんか照れてたんだっけ?」
「ぐっ、墓穴掘ったッス……。別に照れてなんかないッスよ! そもそも真宮さん相手になんで照れなきゃならないんすか! 真宮さんなんかに!」
「おま……、そこまで声を大にして言うことねえじゃん……。今のはちょっと傷付いたぜ……」
「えっ、アレ、ちょ、冗談すよ、冗談! こんなことで傷付くなんて、真宮さんらしくないッス! いつもはもっと図太いじゃないすかァッ!」
「て、俺がンなことでいちいち傷付くわけねえっつうかテメエなんだ図太いってコラアァッ! お前ちょいちょい失礼だよな!」
「ギャー! 助けてナキツ~! 殺される~! 川に捨てられる~! ホントのこと言っただけなのに~!」
がっちりと腕を回して逃げられないようにし、ぐりぐりとげんこつを有仁の頭部へとお見舞いし、拳に圧迫されている彼からは元気良く悲鳴が漏れていく。
相も変わらず取り返しのつかない状況になってから、お決まりとばかりにナキツへ助けを求めているのだが、やれやれと苦笑いするのみでどうやら傍観を決め込むようである。
有仁との自称可愛い戯れを続けながら、視界には暫くナキツの姿が映り込み、手際よく食事の仕度を整えてくれている。
これまでにも何度か、ナキツの手料理を御馳走になったことがあるのだが、好きなだけあってなかなかの腕前である。
思えば此処へと来る時は、今のように大抵は他にも誰かが居り、二人きりで過ごした時間なんて殆ど無いのではないかと思う。
いつから苦しめていたんだろうな……、と思わずにいられず、掛けられた言葉の数々が静かに脳裏を過っていき、自分はどのようにして応えていくべきなのかと考えるのだが、すぐには明確な答えを見出だせない。
側に居させてほしいと言われ、断りを入れるべき事柄でもないのにと思うし、側に居て当たり前の存在であると認識している。
だが彼にとっては、複雑な想いを抱えてきたナキツにとっては、当然あるべき日常ですらもいつしか不安の種へとすり替わっていたのだろうか。
「あ、そういえば大事なこと言うの忘れてたッス!!」
「とかなんとか言って逃げ出すつもりだろ」
「しないッスよ~! や、この状態からはとっとと解放してほしいんすけど! マジ大切な情報なんす~! 聞いて聞いて!」
あ、と思い出したかのような声が聞こえ、次いでわたわた脱出しようと身動いでおり、何やら伝えたい情報を仕入れているらしい。
初めこそ疑念の眼差しを送り、その手には乗らねえぞと拘束を続行していたのだが、あまりにもうるさく主張してくるものだからやがて根負けして面倒になり、渋々ながらも手を離す。
有仁と言えば、ようやく離してもらえて自由を取り戻し、ホッと胸を撫で下ろしている。
けれどもすかさず現状を思い出して警戒し、視線を合わせながらじりじりと歩を進めて距離をとり、最終的には何故かちょこんとソファに収まる。
「で、なんなんだよ。またお得意のスイーツ情報なんか出しやがったらテメエ……、今日こそ人生の幕下ろしてやるよ」
「ちょちょちょ、まだなんも言ってないんすけどォッ!? 残念ながらスイーツの情報ではないッス! 昨夜の一件についてなんすよ!」
「昨夜の……? あのガキどもか」
「ん~、まあ、そうなんすけど……」
腕組みをしながら佇み、有仁と視線を合わせて話しながら、昨夜の一件について思い出す。
灰我という少年を筆頭に構成されていた群れであり、主要な面子を取り逃がしてしまったことは痛いが、それでももう活動は出来ないだろうと確信している。
だからこそ、骸が関わる一件についての続報なんて考えられなかったのだが、有仁の言動から窺うにどうやら少年達が主ではないようであった。
「昨夜あの後、俺らが退いてからっすかね。あの公園から、ヴェルフェの奴等が出てったらしいんす」
「なに……?」
「まあ夜だったし、確実とは言えないかもしれないっすけど……。でも、ほぼ間違いないと思うッス」
まさか今その名を紡がれるとは思っておらず、一気に直面している現実へと引き戻され、先程までの戯れが嘘のような緊張感に包まれていく。
「……漸か」
「ッスね。後もう一人、ヒズルらしき奴もいたらしいんすけど……。首のスミはよく見えなかったそうなんで、断定は出来ないんすよね」
考える素振りを見せながら話し、招かれざる客の情報について整理しつつ、有仁が腕組みをしてう~んと唸っている。
断定は出来ないと言ってはいるが、漸の傍らに居たであろう青年は、ヒズルと見て間違いないだろうと密やかに思う。
彼等は行動を共にしていることが多いようであり、過去に対面していた時も、互いに程近い場所にて過ごしていた。
何処から聞き及んだか知らないが、恐らくは灰我達との一件を察してあの場所へと、肩を並べてやって来たに違いない。
「……まずいな」
いつから息を潜めていたかも分からず、目的が見えなくて薄気味悪いのだが、一抹の不安が過ってつい吐露してしまう。
それだけで有仁が言わんとしていることを察し、腕組みを解いて背凭れへと身を沈めながら、じっと視線を交わらせて唇を開く。
「逃げちゃったっていう、少年Aのことッスかね」
「ああ……。奴等が灰我と接触してる可能性があるな……」
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