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Tritoma

攻撃を止め、笑みを浮かべながら答えると、有仁に掴まれていた片足を押し退けられる。 次いで身を捩り、両足の間に割り込んで覆い被さってきた有仁が胸元で頬杖をつき、上から覗き込んでくる。 「ンだよ、重てえな。どけよ、暑苦しい」 「嫌ッス~。そう簡単にどいてなんてあげないッス~」 ごつ、と有仁の頭を軽く叩くも、ふんと鼻を鳴らしながら体重を掛けられており、なんだかよく分からない状況へと陥っている。 「なんだよ、お前。なに拗ねてんだよ、ガキか」 「ふ~んだ。あれだけ横暴の限りを尽くされたら、そりゃ流石の俺でも拗ねるってもんす」 「は~? あの程度で甘えんじゃねえよ、バカ。別に今に始まったことでもねえだろうが」 「たまには甘えさせてもらえないと俺の心が折れちゃうッス! 真宮さ~ん! いい子いい子してー!」 「ハァ……、なんだよ。今日のテメエは駄々っ子かよ。あ~……、もう、はいはい。悪かった悪かった」 「全然心が込もってないんすけど! ひどいひどい!」 何やら今朝の有仁は、珍しくやたらと甘えてきており、めんどくせえなあとは思いながらもつい要望に応えてしまう。 手を差し伸べ、頭を撫でてやると気持ち良さそうに顔を綻ばせ、もっともっととじゃれついてくる様子はまるで犬のようだ。 千切れんばかりに振られる尻尾が見えそうで、ふさふさの毛に覆われた犬にでものし掛かられているような、有り得ないとは分かっていてもそんな気分にさせられてしまう。 「お前ホント犬みてえだな」 「わん! て鳴いたらいいッスか~? もっと撫でてワ~ン! ご褒美ちょうだいッス~!」 思っていたことを素直に述べると、嫌がる素振りも見せず嬉しそうに微笑んで、犬を真似てわんと鳴いてみせる。 とびきりの笑顔を見せられて、不覚にも可愛いなと思えてしまい、釣られてふっと笑みながら頭をぽんぽんと撫でてやる。 なんだかんだと悪態をついてはいても、最後には根負けして甘やかしてしまうのだが、その度に見せられる笑顔を前にすると、まあいいかと思えてしまうのだから不思議である。 「御褒美が欲しけりゃオラ取って来い!」 ひとしきり撫でてから、有仁の帽子をむんずと掴み取り、ぶんと思いきり投げる。 ひらひらと宙を舞い、意外にもよく飛んでいった帽子はやがて窓に当たり、すとんと力無く床へと落ちていく。 「ちょ、ひどいんすけど! 俺のお帽子が~!」 「ハハハッ! 早く取って来いよ。じゃねえと御褒美やんねえぞ」 「くぅ~! 甘やかしてからのこの叩き落としっぷり……、まさに鬼畜ッスね! 悪魔ッスね! この人でなし~!」 「ほう……? 何か不満があるなら聞いてやろうじゃねえか」 「さ、迅速に帽子取ってこよっと! 俺は何も見てない聞いてない!」 ガバッと勢い良く有仁が起き上がり、いそいそと帽子を取りに駆けていく様子を見て、笑みを浮かべながら体勢を変える。 起き上がってソファへと座し、取り上げた帽子を再び被っている有仁を眺め、窓から外の晴れ渡る景色が視界に飛び込んでくる。 一日中天候に恵まれそうで、悪い事なんて何も起こりうるはずがないと思わせてくれるような、前向きな力に充ち溢れている。 彼等は今、何処で何をして、どのような企みを隠し持っているのだろう。 あの時、灰我を追って捕らえていれば、最悪の事態は避けられただろうか。 「まだそう判断するには早い……」 小さく呟き、事の詳細を掴めていない今にどれだけ考えを巡らせても、それは単なる妄想でしかない。 まだ、最悪の事態には陥っていない。 言い聞かせながらあどけない少年を思い浮かべ、なんとしてでもまずは灰我に再会しなければと思う。 「考え事ですか……?」 物思いに耽っていると、死角から声を掛けられて振り向き、皿を手にして佇んでいるナキツと目が合う。 「あんまり根を詰めないようにして下さいね。大丈夫ですよ……、絶対に」 「ああ……、そうだな」 過ぎ去った言動を省みても、変えることなんて出来ない。 それならば前を見て、これから取るべき行動を考え抜いて、後悔など及ばぬくらいの結果を出せばいい。 アイツは大丈夫だと信じ、焦りを生み出そうとしている気持ちを落ち着かせ、食欲をそそる匂いに空腹を思い出す。 「お! 腹が減っては戦は出来ぬっつうわけでご飯ッスね~! 並べんの手伝うよ!」 「ああ、ありがとう。気を付けて」 「任せろ~!」 食事の支度が整っていることに気付き、有仁がパァッと目を輝かせて声を出し、続いてバタバタとキッチンに駆け込んでいく。 「なんかいつもよりも更に騒々しいな……」 「徹夜明けのせいですかね」 「あ〜……、それもあるか」 「食べたらきっと、すぐに眠くなりますよ」 「ははっ、そうだな。アイツなら有り得る」 机上に並べられていく皿を見て、手伝おうかと腰を浮かしかけるもナキツに制され、大人しくまたソファへと座り込む。 「俺も食ったら眠くなりそうだな……」 「よく眠れませんでしたか?」 「お前が言うか、それ」 普段よりも睡眠時間が短く、おまけに色々な事がナキツとの間にあった為に、食欲を満たして落ち着いたら一気に眠くなってしまいそうだと思う。 しれっと声を掛けてくるナキツに、少々不貞腐れながら笑い掛けると、すみませんと言いながらも笑う彼が遠退いていく。 入れ替わりに有仁が新たな皿を手に現れ、考えるべき事は尽きないけれど、暫しの穏やかなる時をゆっくりと味わおうと思考を切り替える。 滑らせた視線の先では、駆けていく有仁と、台所から出ようとしているナキツが見え、守るべき日常が目前にて広がっている。 心安らぐ一時へと浸り、今はただ彼等との時間を大切にしようと向き合い、行動を目で追いながら着々と準備が整っていく。 それはとても穏やかで、いつまでも続いていくと思えてしまうくらいに、平和で安寧に包み込まれた朝であった。

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