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惑いしもの
意味深な台詞が引っ掛かり、なんとなく芹川家の家族構成を思い浮かべてみるのだが、父・長男・次男・颯太の四人で暮らしていたような気がする。
何度か自宅へと赴き、家族とも顔を合わせたことがあるのだが、とても賑やかで温かみのある暮らしぶりが窺えた。
流石に全員の名前は分からないが、颯太が話しているような人物には覚えがなく、当てはまりそうな存在が思い付く限りでは一人もいない。
一体誰のことを言っているのだろうと首を傾げるも、あんまり嬉しそうに声を弾ませている颯太を見て、今は聞きに徹しているだけで良いかと思えてしまう。
颯太も瑞希も、身近に大好きな兄や近しい存在が居て、幸せそうに思い浮かべて語れるなんて羨ましいなと、決して口には出さないけれど感じている。
別に寂しいわけではない、気楽な一人っ子も良いものだと思っているけれど、側にすぐ甘えられる人がいるというのはやはり羨ましくもあり、眩しく映り込むのであった。
「今度また遊びにおいでよ。咲ちゃん紹介するね」
「お~、行く行く。それまでどんな人なのか想像膨らませておくわ」
「がっちんもだからね? お~い、聞こえてる?」
「う~、分かったよ。ちゃんと聞こえてるからつつくなよな」
頭をつんつんとつつかれて払い除けながら、のっそりと上体を起こして姿勢を正す。
「とりあえず……、何処か寄り道してこうぜ!」
ガタッ、と勢い良く立ち上がり、二人に向けて声を掛けてから幾ばくか後、笑みを浮かべて頷かれる。
もっともっと、友人と共に日常へと浸りたくて、一緒に居ればきっと何も起こらないのだという根拠のない安心感にも背中を押され、早く行こうと二人を急かす。
机の脇にぶら下げられている鞄を取り、これから待ち受けている楽しい時間を思い描きながら、もう大丈夫なのだと思えてくる。
「ん~、何処に行こうか。二人とも何処か行きたいところある?」
「やっぱここはゲーセンでしょ。俺やりたいゲームあるんだよね~」
「あ、そういえば俺もやりたいやつあった! 格ゲー!」
「はっは~ん、お相手しましょうか~? 灰我く~ん」
「瑞希なんかとは絶対にやんねえし!」
「負けるから? ねえ、それって負けるから? 俺に勝てないから? なあなあ、なんでなんで~?」
「ああもう、うっさい! 黙れ黙れ!」
鞄を手にして佇んだのを合図に、颯太と瑞希も立ち上がって帰り仕度を始め、お決まりのやり取りを交わしながら二人を待つ。
悔しいけれど、瑞希はゲームも得意であり、何をやらせても人並み以上にこなしてしまうのが腹立たしいところである。
瑞希ばかりが目立っているが、颯太も一見ぼんやりと頼りなげな雰囲気を湛えてはいるけれど、結構なんでもそつなくこなせてしまうことを知っている。
あまり争うのは好きではないのか、にこにこと微笑みながら二人を見守っていることのほうが多く、今日もそうなりそうな予感がしている。
「うっし、準備出来た~。行こうぜー」
「俺も準備完了だよ。がっちん、行こっか」
程無くして、鞄を手にした颯太と瑞希が目前にて佇み、笑みを浮かべながら声を掛けてくる。
合図に足を踏み出すと、自然と二人の間が開かれていき、いつしか定位置となっている真ん中へとすぐにも辿り着く。
颯太と瑞希に挟まれ、三人肩を並べて仲良く歩き出し、教室から出て廊下を進んでいく。
他愛ない話に花を咲かせ、時おり瑞希を小突きながらも笑い合い、昇降口を目指して明るく語り合う。
笑う度に嫌な出来事が、記憶が全て吹き飛んでいくようで、もう随分と久しぶりに心の底から楽しんで話をしている気がする。
「いた~! 叶くん! 見つけた!」
階段を下り、他には何のゲームをやろうかなあと思いながら歩いていると、何処からともなく声が聞こえてきて視線を巡らせる。
幾人もの足音が聞こえ、振り返ると後方から女子生徒が廊下を駆けてきており、何がなんだか分からずきょとんとしてしまう。
聞き間違いでなければ、今名字を呼ばれたような気がする。
「何お前……、まさか突然のモテ期……?」
「女の子が沢山走ってくるね~。みんながっちんに用事があるみたい」
「え……、なんで俺……?」
三人肩を並べて立ち止まり、傍らと視線を通わせながら考えてみても、思い当たりそうなことなんて何も存在しない。
まさか本当にモテ期……? なんて思ってしまうくらいには、何人もの女子生徒に呼び掛けられる用事なんて一つもない。
「はぁっ、はっ……、叶くんに、お客さんが来てるのっ……」
「え? 俺にお客さん……?」
やがて女子生徒が続々と目の前に辿り着き、一様に息を切らしていながらも、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。
相当急いできたのだろうか、まるで我先にと競い合うかのように突き進んでおり、得体の知れない迫力に圧されてつい一歩退いてしまう。
そうして紡がれた台詞にますます疑問が浮かんでいき、わざわざこんなところへと訪ねてくるお客さんとは一体誰なのだろうかと、考えてみてもなかなか分からない。
「うん! ねえ、あの人誰!? どういう関係!? 名前なんて言うの!?」
「え? え? ちょ、なにがなんだかさっぱりなんだけど……、こっちが聞きてえよ。お客さんてどんな人?」
矢継ぎ早に質問され、彼女達が何を言っているのか全然思考が追い付かず、誰が待っているのかも未だに分からないでいる。
知りたくて知りたくて仕方がない様子で、けれども一体誰を指しているのかが不明でわけが分からず、何が起こっているのか理解に苦しんでいた。
「すっごくかっこよくて綺麗な男の人!」
「銀髪の綺麗なお兄さんが外で待ってるの!」
「ねえ、あの人誰なの!?」
瞬間、凄まじい速さで追い付いてきた現実が喉元を掠め、鼓動がどくどくと乱雑に打ち鳴らされていく。
確かに今、銀髪と誰かが言っていた。
待っている、会うためにわざわざ学校にまで足を運んで、目の前に現れるのを銀髪の青年が望んでいる。
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