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惑いしもの
「銀髪……」
表情を強張らせ、確かめるようにそっと呟いてから、夢ではなく現実であるという絶望感が一気に荒波となって押し寄せてくる。
頭の中が真っ白になり、何も考えられずに呆然と立ち尽くし、周囲の喧騒など全く耳に入らず、今にも震え出しそうな身体を抑えていることしか出来ない。
もう何も起こらないなんて、そんなはずがない。
未だにあの夜から逃れられずに捕らわれたまま、何も許されてはいないのだ。
目を背けたい想いに突き動かされ、つい甘えた考えを過らせてしまっていたが、敷かれている運命を変えることなんてやはり初めから無理であった。
その時は唐突に、訪れてしまっている。
自分は一体この時までに何をするべきだったのか、考えたところで分かるはずもなければ、最早思考を巡らせるだけ無駄であった。
「がっちん……?」
「灰我……?」
淡い期待は脆くも砕け散り、一刻も速く此処から立ち去らなければと焦燥感に駆られるも、余計な体力と精神力をすり減らすだけであり、そもそも銀髪の青年達には全てを掌握されている。
それに此処で大人しく従わなければ、どのような手を使ってくるかも分からない為、このまま銀髪の青年へと会いに行く選択肢しか残されていない。
どういう間柄であるのかを、決して周りに気取られてはいけない。
自分勝手であると、自業自得であると重々承知してはいるけれど、助けてほしい。
本当はなり振り構わず救いの手を求めて声を上げ、力を貸して欲しい。
彼等を自分から遠ざけて欲しい。
顔も見たくない、会いたくない、消えてしまいたい。
「ふ~ん、そうなんだ。学校には来ないでって言ったのになあ」
暫く口を閉ざし、微動だにせず立ち尽くしていると両脇から声を掛けられ、ハッとして平静を装う。
嘘を並べ立てて何でもないふうを装い、さも親しい間柄であるかのように振る舞いながら、どんどん自分を取り返しのつかない状況へと追い込んでいく。
「ねえねえ、誰なの!? 紹介してよ~!」
「ナイショ~。ま、俺の兄ちゃんみたいな人ってところかな」
「え~! なにそれ、ずる~い!」
兄ちゃんみたい……?
よくそんな嘘つけるよな……、あんな奴兄ちゃんでもなんでもない……。
怖い……、怖いよ……。
自慢気な笑顔で取り繕う裏側では、懸命に恐怖と戦いながら自らを奮い立たせており、再び歩み始めた足が昇降口を目指していく。
それに倣い、周囲も一斉に大移動を開始し、取り巻きのように女子達がぞろぞろとついてくる。
伝えた時点で用などもう無いはずなのだが、もう一度銀髪の青年に会いたくて仕方がないらしい彼女達は、当たり前に周囲を取り囲んでは彼の元へと歩いていく。
「なんだかすごいことになっちゃったね」
「そうだなあ。いまいち状況呑み込めねえや」
「うん。俺も」
気が付けば定位置を奪われていた颯太と瑞希が、顔を見合わせながら言葉を交わしており、一体どういう状況なのだろうかと首を傾げている。
それでも後をついて歩き、女子の勢いに圧されて若干距離を取りながらも、元々外に出るつもりであったのだから向かう場所は一緒であった。
「ねえねえ、どんな人? どういうふうに知り合ったの? ねえ、教えてよ~!」
「もう、だから内緒だってば。しつこいぞ!」
事情を知らないのだから仕方がないと頭で分かっていても、暢気な言葉にこっちの気持ちも知らないでと苛立ちを募らせてしまう。
どんな人かなんて分からない、此方こそ教えてほしいくらいなのだから。
どういうふうに知り合ったかなんて忘れたい、何故出会ってしまったのかと後悔しても遅すぎる。
これからどうなってしまうのだろう、彼は何処へ連れて行こうとしているのだろう。
もう、こうして学校で友人と顔を合わせることも、退屈な授業に耳を傾けることも、何をすることも無くなってしまうのだろうか。
「こっちこっち~!」
やがて賑わいは昇降口へと辿り着き、少しでも時間を稼ごうと往生際悪くのんびりし、ゆっくりと靴を履き替えて一息入れる。
対照的に女生徒達は、それはもう空を駆け抜ける稲妻の如き素早さで靴を履き替え、早く早くと遠慮なく急かしながら準備が整うのを待っている。
行きたくないけれど、行かなければならない。
他に道もない、逃れる術もない、これは自らが軽率に蒔いてしまった種が芽吹いた結果である。
「あ。ごめん、二人とも……。今日行けなくなっちゃった」
縋り付きたい衝動を抑え込み、視界に入ってきた颯太と瑞希へ声を掛け、申し訳なさそうに表情を曇らせる。
「いいよいいよ、気にしないで。またいつでも遊べるし」
「そうそう。まあ、それまで精々秘密特訓でもしておくんだな!」
先程までとは随分と流れが変わってしまい、靴を履いて校舎から出ながら、言葉を交わして正門を目指していく。
頻繁に女子達からの視線を察し、きちんと歩いてきているか確認しているのだろう。
精一杯の笑みを浮かべて話しながらも、足取りは重く処刑台にでも向かわされているようだ。
心地好い風に身を撫でられているはずなのに、何故だか寂しさばかりが募っていき、どれだけ日常にしがみついていたくても叶わず、無情にも時は訪れる。
一生懸命話していたように思うけれど、それどころではない心境ではとても集中なんて出来ず、自らが何を紡いでいたか全く思い出せない。
なるべくゆっくり歩いても、必ず終わりは訪れてしまい、我先にと駆け出して正門を越え、曲がっていく女子達の姿が塀に隠されていく。
もう、どうしようもない。
覚悟を決めるしかない。顔を合わせるしかない。
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