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惑いしもの

酷薄な笑みを浮かべ、移り変わる景色へと視線を向けながら、半ば独り言のような台詞が紡がれる。 嫌でも鼓膜へと滑り込み、考えても意味が無いからと放棄していても、結局のところは誰の話題であるか気になってしまう。 先程からずっと、たった一人に対しての会話が続いているようであり、彼等の思考を奪っているのは一体何処の誰なのであろう。 聞き流そうとしても引っ掛かり、時おり車内の様子を盗み見ながら運転席へ視線を注いでいるのだが、特にあれから話を続ける気はないようである。 一時の静寂が、痛いくらいの静けさに感じられ、沸々と込み上げる不安を懸命に散らし、気付かれないように黒髪の青年を観察していく。 そうして銀髪の青年にヒズルと呼ばれていたことを思い出し、息を潜めて彼の姿を脳裏に焼き付ける。 まだ真正面からはっきりと見目形を確認出来てはいないが、彼の場合は首筋へと入れられている漆黒の揺らめきが、当人と判断する為には最も有力な印のようだ。 「ところで、灰我君」 気まずい沈黙でしかない一時へ放られ、ずっと緊張感を引き摺ったまま様子を窺い、大人しく座っていた時に唐突に事は起こる。 銀髪の青年に名を呼ばれ、びくりと肩を震わせるも言葉にならず、何か発しなければと思うも動揺して声が出ない。 無視してると思われたらどうしようと焦るも、背を向けている彼は特に気にしてもいないのか、構わず言葉を続けてくる。 「さっき君を引き止めてくれた二人が、瑞希君と颯太君かな」 迷いなく友人の名を紡がれ、なんと答えるべきなのかとますます混乱してしまい、二人を明け渡すようで素直に認めたくないのだけれど、どうせとうに調べはついているのだろう。 どちらが颯太で瑞希であるかもきっと分かっているはずなのに、銀髪の青年は反応を楽しむかのように言葉を並べ、ヒズルは黙しながら運転を続けている。 「賢い子達なんだろうね。二人だけは君のこと、心配そうにずっと見ていたよ。俺を警戒してた」 「お前のような奴がいきなり現れたら、誰だって警戒するだろう」 「そう……? 大半は思い通りになってくれるんだけどな~」 「俺には通じないが」 「お前をどうこうしようなんて別に思わねえよ。この冷血漢」 「自分を棚に上げて酷い言い様だな」 言葉を返せないでいる間に、またしてもヒズルとの会話へと発展していき、口を挟もうという気持ちすらなく大人しく耳を傾ける。 あの時は背を向けていたから分からなかったけれど、颯太と瑞希がずっと心配そうに見てくれていたと知るだけで、じんわりと胸が熱くなって涙が出そうになる。 心配なんてさせて情けないと思うも、本気で気に掛けてくれる仲間の存在が嬉しく、心の底から笑って会いたいと願ってしまう。 いつも素直になれなくてごめんなさいと、心の中で何度も謝りながら。 「塾のお友達も元気にしてるかな……?」 涙ぐみそうになるのを堪えていると、次いで今度は塾での友人達へと焦点が当てられ、それこそなんと言うべきかと思案する。 あの夜に言われていた通り、後日塾で顔を合わせた彼等は全くの無傷であり、本当にただそれぞれの家へ送り届けられただけであった。 それでもどうしてか、なんとなく互いに気まずくなってしまい、あの夜について深く語り合うような機会には恵まれておらず、言葉を交わす回数も減ってしまっていた。 しかしあれから悩みの尽きない身としては、塾での彼等に余計な詮索をされずに済み、希薄な関係となっている日々に少し安心していたりもする。 上っ面だけは何事もない日常へと戻り、互いに一歩を踏み込めずに距離を置いて、気が回らずに連絡すらも取り合ってはいない。 自ら口火を切ることにより、何か言わなくてもいいような事柄を吐露してしまいそうで怖く、元より現状を知られてしまうわけにもいかなかったので、結果としてはそれで良かった。 「あれから、話してない……」 「へェ……、そうなんだ。もうお友達じゃないの……?」 「そういうわけじゃ……、ないけど……」 「他の子達も元気そうだね。随分と大所帯だったようだし、実質君が統べていたわけだから大したものだね」 他の子達と紡がれて、すぐにもディアルによってこらしめられた面々だと察し、彼は一体何処まで見透かしているのだろうかと青ざめる。 統べるだなんて、そんな偉そうな立場ではない。 所詮は子供の戯れであり、上手く事を運ぶ為に最低限の指示は出していたけれど、誰もが楽しい遊びの延長としか感じてはいなかったし、自身もその中の一人であった。 「楽しかった……? 日常から踏み外した日々は」 「それは……」 「ヴェルフェを狙ってやろうとは思わなかったの……?」 一息では答えづらい言葉ばかりを投げ掛けられ、視線をさ迷わせながら思案する。 彼等と真正面から向き合っていないことがせめてもの救いであり、真っ向から見つめられていたらますます言うべき台詞なんて見付からず、混乱を深めていたに違いない。 「ディアルと、ヴェルフェは……、なかなか尻尾を掴ませてもらえなかったから、先に見付けたほうにしようと思って……」 「ふうん。そうしたら都合良く、真宮に巡り会えたと……、そういうわけ?」 「うん……。顔だけは、調べてなんとか分かってたから……」 「そうなんだ。俺の顔は知ってもらえてなく て、悲しかったなあ」 「お前の場合は入れ替わったばかりだろう。こんな子供に簡単に割り出されてたまるか」 またしても返答に困る言葉を紡がれると、今回は横からヒズルが割って入り、そこで新たな事実を知る。 マガツとは格が違うと分かっていても、他と比較出来る程チームというものを知らず、つい忌々しい集いを引き合いに出してしまうのだが、お陰で自分達がどれだけ程度の低い連中を相手にしていたのかがよく分かり、井の中の蛙であったと思い知らされる。 「そういえば俺、灰我君に名乗ったかな……? 俺の名前分かる?」 銀髪の青年に問い掛けられ、言われてみればまだ名前を知らなかったように感じる。 それにしても入れ替わるとはどういうことなのだろうかと、まず得られないであろう事実を拾い上げ、何か役割や地位のある座なのだろうかと人知れず思う。

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