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惑いしもの
視線の先では、和やかに会話を楽しむ漸が佇んでおり、内容までは分からないものの声が聞こえてくる。
少し離れた場所から眺め、明るいところでこんなにもはっきりと全身を視界に入れ、じっくりと観察しているなんて恐らく初めてであろうことに気が付く。
あまりにも特徴的な白銀の髪は、現実味を帯びずに人を選んでしまう奇抜な色合いであるというのに、柔らかな笑みを湛えている青年にはとてもよく似合っている。
以外など考えられないくらい、危うさと共に色艶を孕む魅力を存分に引き出しており、黒衣を身に纏う青年をより確固たる唯一無二へと昇華している。
此処からでは見えないけれど、左の眉尻へと嵌められている銀のピアスも印象的であり、彼がより特異な人物として位置付けられていく。
あんなところにどうやって二つもピアスつけてんだろ……、痛くないのかな……。
なんて、思わず素朴な疑問が湧いてしまうも、今のところ確かめる術はない。
頭の回転も速そうであり、群れを束ねているからには強いのであろう青年を前に、囚われている現実を思い出して再び気分が沈み込み、突破口なんて何も無いのではないかと絶望感に暮れてしまう。
どう考えても最強じゃん……、非の打ち所なんてないじゃん……。
「俺……、どうなっちゃうんだろ……」
未だ不透明である企みを思い描きながら、頼りなげな呟きを漏らして缶を持ち直し、プルタブへと指をかけて飲み口を開ける。
何かしていないと落ち着かなくて、ひとまずヒズルから貰った炭酸飲料を口にしてみるのだが、案の定緊張感に苛まれ過ぎていて殆ど味がしない。
弾ける炭酸も、味わい深いレモン果汁も何処へやら、喉の渇きは潤うもののそれだけであり、とても心から美味しいと感じて飲めるような精神状態ではなかった。
「さあな。俺は何も聞いていない」
覚束無い手付きで慎重に飲んでいると、思わぬ反応が返ってきて驚いてしまい、びくりと肩を震わせながら咄嗟に傍らへと視線を滑らせていく。
ふう、と紫煙を吐き出す黒髪の青年が映り込み、漸も大概だけれど此方も何を考えているのか皆目見当もつかない。
長めの前髪に隠されつつも、端正な顔立ちをしていることに変わりはなく、冷静な印象はそのままに傍らで静かに佇んでいる。
「全ては奴の頭の中にある」
首筋に漆黒の焔を纏いし青年に紡がれ、悠長に話しながら飲んでいる場合ではないのだが、生憎それしか許されていないのだから仕方がない。
「例え企みを知っていたところで、お前にしてやれることは何もない」
「うん……」
「救いが欲しいのなら他を当たれ。此処にはいない。お前の全てを受け入れるのは、俺ではない」
「どういうこと……?」
「今は抗う余地が無くても、土壇場では己の直感を信じるんだな」
「俺の……、直感……」
「局面では自分の望みを尊重しろ」
「ん……」
淡々と語られる台詞を耳に入れながらも、意図を理解するには少し難しく、けれどもすんなりと心に響いては印象に残る。
何処を見据えて言われているのかは分からないけれど、冷たいようでやはり温かみを感じてしまい、物静かな青年へと純粋に興味が湧いてくる。
「ヒズル、ていうの……?」
「ああ」
「そっか。あ、俺。灰我!」
「知っている」
「あ、そっか……。ねえ、身長いくつ?」
「覚えていない」
「180超えてる?」
「ああ」
「そっか。いいな」
両手で缶を持ち、時おりしゅわしゅわとした炭酸飲料を味わいながら、恐る恐るながらもヒズルへと話し掛けてみる。
相変わらず無感情な調子ではあるが、それでも彼はきちんと問い掛けに答えてくれており、確かに今会話が成立している。
背が高いとは思っていたけれど、やはり感じていた通りの長身であり、すらりとした体躯の格好いい青年を羨ましく思ってしまう。
「それって、痛くないの……?」
じっと首筋を見上げながら次いで投げ掛けると、煙草を咥えている青年から視線を注がれ、何を指して言っているのかを察したようである。
「痛みはない」
「かっこいい」
「そうか」
「彫ってるの首だけ?」
「此処からもう少し続いている」
「見たい!」
「面倒だ」
一蹴されて残念に思うも、服で見えない部分へと刺青は続いているようであり、いつか全部見てみたいと密かに考えてしまう。
冷淡に見えて意外と面倒見がいいのか、傍らにて佇みながら話に付き合ってくれており、先程から静かに紫煙を燻らせている。
暫く黒髪の青年を見つめてから、再び漸と女性の談笑へと視線を巡らせて、一体何の話をしているんだろうかと想像を膨らませる。
「あの人も、ヴェルフェの人なの?」
「ヴェルフェの人間ではない」
「あの人も、偉い人?」
「まあ、そうだな」
「そうなんだ。綺麗な女の人だね……」
「女? 何処にも女なんていないが」
「え? や、だってほら、そこにいるじゃん。綺麗なお姉さん」
「アイツは男だ」
「へ……?」
何を言われたのかなかなか理解出来ず、間抜けな声を上げながらぽかんと口を開けてしまい、視界には何処からどう見ても美しく妖艶な女が映り込んでおり、全く意味が分からない。
漸と背丈は変わらないけれど、それは高いヒールを履いている為であり、身長だけで男とは決め付けられない。
黒のスリットスカートを穿き、太股まで露わになっている足は程好く引き締まり、色気を孕んで悩ましく刺激が強すぎる。
何処からどう見ても麗しく、いやらしさと品の良さを併せ持つ美女であるというのに、傍らの青年は信じられない言葉をやはり淡々と口にする。
「確かな目を持て。惑わされるな。何処からどう見ても化け物だろう」
「ええ……!?」
「ちょっと、ヒズル~!? 聞こえたわよ、なに余計なこと言ってくれてんのよせっかく漸君と楽しくお話してるっていうのにもう信じられない! ていうか化け物ってどういうことよ~!」
「見たままだろう。それはそうと地獄耳だな」
「キィッ~! イケメンだからって許すまじ……! 万死に値するわよ!!」
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