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惑いしもの

何処から見ても綺麗な女性としか思えない人物が、ヒズルを指差しながら大声を張り上げており、悔しそうに地団駄を踏んでいる。 傍らには漸が佇んでおり、なんとなく視線を注いでしまうと丁度良く目が合ってしまい、慌てて顔を背けて炭酸飲料を口に含む。 そのような様子を見て、漸は微笑を湛えたまま視線を外し、ヒズルへと不満を並べ立てている摩峰子を視界に収める。 「私のことを綺麗なお姉さんだと思ってくれている子が殆どなのよ~!? 波風立てるようなこと言わないでよね!」 「俺は真実を伝えたまでだ。好んで波風を立てているのはお前のほうだろう」 「どういうことよ~!」 「声がでかい」 「あっ……!」 口元を押さえて辺りを見回し、現在は他に人が居ないことを確認出来ると、ホッと息を吐きながら胸を撫で下ろす。 一つ一つの所作が女性らしく、やはり何処から見てもとても同性とは思えなくて、食い入るように眺めていても全く男性と感じられる要素が見当たらない。 気が昂ると周りが見えなくなってしまうのか、つい我を忘れて秘密に迫るようなことを吐露していた摩峰子であったが、ヒズルの一言で一旦落ち着きを取り戻す。 そうして初めて傍らにて立ち尽くしている存在に気が付いたらしく、唐突に視線がかち合って驚きの表情を浮かべてしまう。 「え! やだ~! なにその可愛い子! ちっちゃくてふわふわで目なんてくりっとしててもう食べちゃいたい!!」 「え? ふわふわ……? え? え?」 突如として標的にされて狼狽えるも、此方の心情なんてお構いなしに踵を鳴らし、豊かな髪を揺らしながら摩峰子が近付いてくる。 呆然と立ち尽くしたままどうしたら良いものか分からず、つい不安げな瞳をヒズルへと向けてしまうのだが、彼は紫煙を燻らせるばかりで特に何も紡いではくれない。 「ああんもう、可愛い~! この制服って(あかざ)学園? やだもうなんなの可愛い可愛い! 成熟した大人の男もいいけど、年端のいかない男の子もいいわよね~! はあ~、癒される~! 肌も綺麗でつるつるで羨ましい~!」 「あ、あの……」 「声も可愛い~! 今日はどうしたの? 私に会いに来てくれたの? もう欲しいものなんでも買ってあげたいこの子欲しい~!」 つかつかと目の前までやって来たかと思えばいきなり抱き締められ、甘ったるくて良い香りに鼻腔をくすぐられながら、摩峰子が嬉しそうに声を上げて頬をすり寄せてくる。 男と告げられていても、見るからに女性としか思えないような美しい人物に抱き付かれ、慣れない出来事に頬を赤らめて硬直してしまう。 「それくらいにしておけ。怯えてるぞ」 「え!? いや~ん、ごめんね! 君があんまり可愛いからつい私ったら我を忘れて……!」 「あ、その、全然……」 「ところでお名前なんて言うの!? 私は摩峰子って言うのよ、宜しくね!」 「本名を明かさなくていいのか」 「そこ、うるさいわよ! まるで私が偽りの名前を教えてるみたいじゃないのよ!」 「実際偽りだろう」 「聞こえません!」 何がなんだか分からず、状況を把握するだけで精一杯であり、ヒズルと摩峰子のやり取りに挟まれてどうしたら良いものかと混乱している。 拘束からは解き放たれたものの、なんだか名前を明かすような流れでもなくて立ち尽くし、ヒズルと摩峰子を交互に見つめてそわそわと落ち着けない。 俺どうしたらいいの……? と困った表情を浮かべ、思い出したかのようにひとまず炭酸飲料を口に含んでいると、ふわりと頭を撫でられて視線を向ける。 「大丈夫……?」 見上げると、柔らかく微笑んでいる漸と目が合い、瞬時に鼓動がうるさく脈打ち始めて咄嗟に俯き、こくこくと必死に頷く。 「オ~ッス! 元気にしてっか野郎どもォッ! あ、なんだよ今日はカマ野郎がいるじゃねえか! 相変わらず気持ち悪ィな、お前! ハハハッ!」 「ちょっと! このタイミングでエンジュまでやって来るなんて勘弁して欲しいわ! 可憐な乙女に向かって失礼よ!」 突如として賑やかな声がしてきたかと思えば、すぐにも見覚えのある姿が視界に入り、自然と身を固まらせる。 「ハハハッ! 可憐だってよ、ヒズル! しかも乙女って! くくくっ……! おもしれェ冗談だな!」 「腕を上げたな。見ての通り、エンジュは爆笑の渦だ」 「んも~! 漸君! この(つがい)なんとかしてよ~! 幾ら好きな子ほどいじめたいからってやり過ぎだと思わない!? それだけ私が魅力的で罪深いんでしょうけど!」 「オイオイオイオイッ! 何処からみなぎってくんだよ、その自信! つうか番呼ばわりすんのやめろっつってんだろうがよォッ!! まるで俺とコイツがデキてるみてえじゃねえかッ!!」 「デキちゃえばいいじゃないのよ、アンタ達なんて~! ボーイズラブしちゃいなさいよ! ほもが嫌いな女子なんていないのよ!!」 「テメエ女じゃねえだろオォッ!! わっけわかんねえこと言いやがって! なに女の代表気取ってんだ!」 「変な言い掛かりはやめてくれる~!? 私女の子ですもの!」 ますます収拾がつかなくなり、エンジュが現れたことによって更なる賑やかさで増していき、目立たないように息を潜めて所在なげに立ち尽くす。 当たり前のようにヒズルの傍らへとやって来たエンジュは、あの夜と変わらず額にはゴーグルを装着しており、鮮やかな金髪を後ろで一つに纏めている。 見るからに対照的な二人ではあるが、背丈は殆ど変わらず息もぴったりな様子であり、摩峰子と相対しながらエンジュは愉快とばかりに大笑いしていたのだが、何が気に喰わなかったのかいつの間にか口論に発展していてついていけない。 「その場合、俺とコイツのどちらが攻めになる」 「あァッ?」 「え? そ、そうねえ~、激しくどうでもいいけどヒズルとエンジュで考えるなら私としては……」

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