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惑いしもの
一体何の話をしているのかは分からないが、摩峰子はどうでも良さそうな台詞を紡ぎながらも真剣であり、ヒズルとエンジュの顔を交互に見つめては何事か考え込んでいる。
「二人とも顔だけはいいから迷うわねえ。う~ん……、ヒズルにするべきかエンジュにするべきか……。はあ~、すんごく悩むわあ~」
自らの顎へと指を添え、うんうんと非常に悩んでいる様子で唸りながら、目前にて佇んでいる青年達を見つめている。
「おい、ヒズル」
「なんだ」
「今よォ、なんの話してんだ?」
「いずれ分かる」
「いや今教えろよ」
「まあ、待て。そろそろ答えが出そうだ」
「答えってなんなんだよ。くっそ、わけわかんねえぞコラッ」
何がなんだか分からないのはエンジュも同じようであり、摩峰子から値踏みの視線を注がれながらも佇んで、傍らにて肩を並べているヒズルへと問い掛ける。
しかし望む回答は得られず、見るからにせっかちそうな彼は若干苛立ち始めている様子で言葉を吐き、目の前で頭を悩ませている摩峰子を視界に捉えている。
「お偉方は分かってんのかァ?」
「まあね」
「マジかよ。俺だけかよ、分かってねえの。ああもうなんでもいいからテメエは勿体ぶってねえでとっととなんか言えや!!」
「答えが出たわ! ヒズルが攻めよ! これしかない!!」
エンジュの苛々が爆発しかけたところへ被せて、摩峰子が天恵を得たとばかりに一気に捲し立て、一瞬しんと静寂が訪れる。
「……あァッ? だからなんの話なんだよ」
先に口を開いたのはエンジュであり、摩峰子の勢いに圧されて落ち着きを取り戻してしまったのか、首を傾げながら彼にしては大人しくしている。
「つまりだ、エンジュ」
「おう。ンだよ、ヒズル。やっと解説入れる気になったのかァ~?」
頭上にはてなが飛び交っているエンジュの傍らで、ヒズルが静かに口火を切り、どうやらこれから一連の出来事について説明を入れてくれるようである。
謎ばかりが深まっていたこともあり、さりげなく聞いてしまおうと耳をそばだてて待ち、ヒズルから紡がれるであろう答えを望む。
摩峰子は余程自信があるのか、どうだと言わんばかりに誇らしげな微笑を湛えており、ますますどのような話題であったのかが気になっていく。
漸は特に会話へ入ろうとはしないながらも、輪の中で笑みを湛えて事の行く末を見守っており、一体今何を考えているのか他の誰よりも分からない。
「摩峰子はお前を、弱いと言っている」
「……ハァ? 俺が弱ェ?」
「え……? ちょっと、ヒズル? なんだか雲行きが怪しいわよ? ていうか私そんなこと一言も言ってないんだけど……、て聞いてる?」
ヒズルの言葉に賛同するかと思いきや、予想外であったのか摩峰子は驚いた表情を浮かべており、いまいち状況が呑み込めない様子で声を掛けている。
エンジュは頭の中を整理しているのか大人しく突っ立っており、此方も予想外であったのか口を半開きにさせたまま考え事へと勤しんでいる。
「お前が何よりも劣る弱者であり、地べたを這いずり回って薄汚れている姿がお似合いだと、そう言っている。まあ分かりやすく言うとだ、舐められてるぞエンジュ」
「ンだとコラアァァッ!! 今日という今日は泣かすぞテメエェ表出やがれくっそカマヤロオォッ!!」
「キャ~ッ! どう考えても一番悪いのはヒズルでしょ~! ていうかはめたわね! 最初っからこうするつもりだったんでしょ! もう私に何の恨みがあるっていうのよ!! ヒズルの言うこと鵜呑みにしてんじゃないわよ、ばーかばーか! やっぱり番じゃないのよ!」
「うっせテメェ待ちやがれコラァッ! 番呼ばわりすんなっつってんだろうがァッ!!」
「素直に待つ奴なんていないわよ~! ていうかなんでこんなことになってるのよ~!!」
ますますよく分からなくなり、摩峰子の意図とは何やら異なる台詞であったのか、ブッチイィン! と音を発しそうなくらいの勢いでメーターを振り切ったエンジュが声を荒くしたかと思えば、唐突にドタバタと追いかけっこが始まってしまう。
「ヒズル君てば悪い奴。こんな大人にならないように気を付けようね……?」
結局何が正しかったのか、其処に答えはあったのだろうかと頭を悩ませていると、肩に触れられて穏やかな声が降りかかる。
それでも心は安寧を得られず、優しげでありながら何ものよりも冷たく感じさせる存在が、傍らにて佇みながら笑みを浮かべてヒズルを眺めている。
「他愛ない冗談だろう」
え、冗談だったの? 何処から? え、笑うところあった?
と、ますます混迷を深めていくばかりであり、真顔で冗談を言うなんてあまりにも自分には高等過ぎ、全く何処に爆笑ポイントが隠されているのか分からなかったと今思い返してみてもサッパリである。
「灰我君がさっぱり分からないって顔してるけど……? 不親切だなァ、教えてあげないの?」
心中を易々と見透かされ、髪を撫でられるも怯えが先に立って落ち着かず、気にはなるけれども素直にそうとは言えないでいる。
「そんなに知りたければ、いつか真宮にでも聞け」
「あ、丸投げした。ていうかアイツが知ってるとはとても思えねえけど……? 相当鈍いぜ、あのお兄さん」
「随分と詳しいんだな」
「この程度で詳しいなんて、適当なこと言うようになっちゃったんだなァ~。ヒズル君てば」
「お前相手に腹を割るのは割に合わない」
「まるで俺がなんにも見せてないみたいに言うんだな」
結局……、なんだったの……?
ぐるぐると思考を巡らせるも答えには辿り着けず、いつの間にか先程までの話は終わっているようであり、今こそ余程雲行きが怪しくなっているのではないかと思えてしまう。
一歩も譲らず、にこりと漸は綺麗な顔立ちに笑みを乗せ、ヒズルは一切表情を変えずに佇んでいる。
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