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惑いしもの
「違うのか? お前はただの一度も腹の底を垣間見せてはいないだろう」
「それはお前もおんなじだろ……?」
「お前は、何の為に此処にいる。何故あんな事をしてまで、ヴェルフェの座に就こうと思った」
「そんな事にいちいち理由が必要なわけ……? そもそもそれ、今話さなきゃなんねえようなこと?」
不穏な空気が漂い始め、自然と缶を持つ手に力が込められていき、興味を示されないように息を潜めて立ち尽くす。
傍らにて佇んでいる漸の姿は見えないが、向かい合うヒズルの様子は窺うことが出来、感情の揺らぎすら映さぬ双眸を銀髪の青年へと注いでいる。
相変わらず淡々と紡いではいながらも、あわよくば暴いてやろうかという獰猛さが窺え、見逃さぬようにじっと漸を捉えている。
「今更ながら俺が此処にいることに不満でも感じてるの? 鳴瀬が恋しい……? アイツ目ェ覚ましたんだってな。お見舞いにでも行ってあげたら……?」
「お前が居ることに異論はない。お前は文句のつけようもないくらい、此処で一番の実力を持っている」
「さあ、どうだろうな。お前は手ェ抜いてばっかりだから、実際どれだけ使えるのかも分かんねえし。ホントはもっと強いんだろ……? 俺を泳がせて楽しんでるつもり? 性格悪りィなァ」
互いを探り合うかのように言葉を並べ、いつの間にかエンジュと摩峰子の姿は見えなくなっており、一体何処まで行ってしまったのかと思う。
広々とした空間に取り残され、夜も更ければきっと大勢の男女で賑わうのであろう箱庭は、今だけは気まずい空気を湛えながら静けさを漂わせている。
一体何時から営業するのだろうかと過るも、現在の時刻すら確認出来ない状況では意味もなく、知れたところで自分には自由が約束されていない。
そもそも学生服姿の子供がこのようなところに居てはつまみ出されるだけのような気がするし、誰でもいいから早く自分を此処から追い出してくれないだろうかと願ってしまう。
「お前には敵わない」
「お前が言うと白々しく聞こえるね」
「その点では、お前といい勝負だろう」
「酷いなあ。俺そんなことないよ……?」
「お前が何をしようと邪魔立てするつもりはない。お前がアタマである以上、座を狙う者でもない限り逆らう奴は何処にもいない。お前には支配する力が備わっている」
「褒めてくれていると解釈してもいいのかな……? そんなふうに言ってもらえるなんて嬉しいなあ……。そこまで分かってるなら話が早い。俺がアタマである以上……、テメエらは黙って俺に従え。文句があるんなら引き摺り下ろしてみせろよ。なァ……、ヒズル。強けりゃ誰にでも従うんだろ? 此処は……」
傍らにて立つ彼の姿は見えないけれど、あまりにも怖くて寒気がしてくる。
一気に空気が張り詰めていき、渦中にて立たされながらヒズルへと視線を向けるも、このような最中でも彼は顔色一つ変わらない。
「異論はないと言っている。そう邪険にするな。この話はこれで終いだ」
ふうと紫煙を燻らせてから、おもむろに携帯用灰皿を取り出して吸い殻を捩じ込み、物怖じしている様子など微塵もなく彼は淡々と話をする。
青年達の間に挟まれているようなもので、一歩も動けないままに険悪な雰囲気へと晒され、息を殺して立ち尽くしていた為に疲労感が半端ではない。
同じ群れに集う仲間であるはずなのに、どうして彼等は、いや彼は、そんなにも突き放すのだろう。
そういえばアタマは代わったばかりだという話を聞いたような気がするも、どういった経緯を辿って漸が頂点の座に君臨しているのかまでは残念ながら分からない。
謎ばかりが深まり、これまで出会ってきたどのチームよりも暗鬱に包まれ、近寄りがたい空気を纏わせている。
「終わりにしちゃっていいの……?」
「口出しくらいならいつでも出来る」
「ヒズルの口はそう簡単には塞げないか」
一触即発かと思えば、いつの間にか和やかな空気が漂い始めており、目まぐるしい変化になかなかついていけない。
いつまで此処に居たらいいのだろうかと思っても、絶望的な解答が怖くて言い出せず、元より容易に声を出せるような状況でもない為に、ぼんやりと立ち尽くしているしかない。
「はぁっ、はっ……! もう! なんなのよ~!」
チラチラと辺りを盗み見ながら、このような状況ではあるけれども退屈を感じていた時、何処からともなく賑やかな声が響いてきて視線を巡らせる。
「ハァッ、はっ、テメエッ……、意外と……、逃げ足速ェなっ……」
「はぁっ、ふ……、アンタなんかに追われたらっ……、死に物狂いで、逃げるわよっ……」
どれだけの距離を走り回ってきたのかは知らないが、共に息を切らしながらエンジュと摩峰子が戻ってきており、重苦しく漂っていた空気が一掃されてほんの少しホッとしてしまう。
「日頃ふんぞり返ってのデスクワークばかりだろうから、いい運動になっただろう」
「ちょっと、ヒズル~!? イケメンでさえなかったら八つ裂きにしてやるのに……! あんまり私を無下に扱うと出禁にするわよ~!?」
「それは困るな。すまなかった」
「誠意が感じられません~! こんなか弱い乙女を走らせるなんてっ……! なんたる悪辣非道さよ!」
「途中から裸足で駆け出してスゲェ男らしかったんだぜェ?」
「お黙り、エンジュ!」
一応の決着はついたのか、それともうやむやになってしまったのか定かではないが、エンジュと摩峰子が肩を並べて歩いてくる。
男らしいと聞こえても、やはり目の前で向かってくる姿を見つめる限り、何処からどう見ても綺麗なお姉さんとしか思えなくて不思議な存在である。
「ん? オォッ! テメこの前のクソガキじゃねえか! いつの間に来てたんだよ、久しぶりだなァッ! て、そんな経ってねえかッ!」
ヒズルと漸を傍らに視線を注いでいると、向かって来ていたエンジュと初めて目が合い、彼はようやく珍しい客人が佇んでいることに気が付き、へらっと笑顔を浮かべて暢気に声を掛けてくる。
「今更気付いたのか」
「あァッ? ンだよ、ヒズル。どういうことだ」
「お前が来る前からすでに居た」
「うおマジかよ! チビ過ぎて視界に入んねんだよ、もっと主張しろやコラァッ!」
理不尽な文句を並べ立てられながらも、エンジュという人間は意外と粗暴なだけに見えて、馴染みやすい一面を持っていることをもう知ってしまっている。
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