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Digitalis

「此処か……」 咥えていた煙草を手に取り、穏やかに流れていく風を心地好く感じながら、目前にて聳え立つ建造物を見上げる。 窓からは煌々と灯りが漏れ、其処にて数多の学生が勉学へと取り組み、講師の言葉に誰もが耳を傾けていることであろう。 無関係であっても、名前くらいは何となく聞き覚えのある塾を前に、再び煙草を咥えて踵を返す。 広々とした歩道を進み、夜と言えども大通りでは交通量が盛んであり、辺りを行き交う人波も絶えず続いている。 ガードレールへと浅く腰掛け、煙草を手にして紫煙を燻らせながら、灰我が居るであろう建物の出入口を視界に収める。 ガラス張りの扉の奥は明るく、だが人気は無くしんと静まり返っている様子であり、殆どの者が各教室に収まっているのだろうか。 何名が志望校に合格、などという実績が御大層に貼り出され、あのような中に居たら息が詰まってしまいそうだなと小さく笑う。 「今日に限ってサボってたりしてねえだろうな、アイツ……」 骸との一件以来、一度も会っていない少年を思い浮かべ、彼と顔を合わせる為に今夜は足を運んでいる。 週に三度、此処に通っていることは調べがついており、今日がその内の一回である。 必ず居るという保証はないけれど、何事もなければ出向いているはずであり、もう少しで授業が終わるということも分かっている。 「後5分位か……」 喧騒に紛れて煙草を吹かし、未だ静まる気配すら感じられない街中にて、目当ての人物が出てくるであろう時を待つ。 出入口は、現在見張っている正面に一ヶ所のみであり、其処からでなければ外には踏み出せない。 だから、内部にて真面目に励んでいるのであれば、程無くして彼は必ず視界に飛び込んでくるはずだ。 おもむろに携帯電話を取り出し、親指で軽く触れると液晶が光を放ち、後数分程で授業が終了することを頭の片隅に入れる。 暫くは指を滑らせ、他に何か情報は入っていないだろうかと画面を見つめ、今のところは目立った出来事が起きていないと感じる。 用が終われば再びしまい込み、出入口の様子を窺いつつもぼんやりと過ごし、目前の歩道を様々な人が通り過ぎていく。 それぞれが目的を持ち、各々の事情を抱えながら目の前を行き交い、何処かへと向かって歩いていく。 もう二度と、会うこともないであろう人が殆どであるし、名も知らぬまま彼等は黙々と目当ての場所を求めて歩を進めている。 「風、気持ちいいな……」 涼やかな風に身を撫でられ、小さく独白しながら気持ち良さそうに目を細め、どっぷりと暗い夜空を見上げてみる。 今夜は月が無く、星すらも隠された冥暗だけが広がっており、分厚い雲に覆われていつもよりも暗く感じる。 まるで何かが起ころうとしている前触れのような、たまたま今夜に限って天候が悪いだけであるのに、ついそんなことが脳裏を過ってすぐにも打ち消す。 心地好い涼風に髪を弄ばせ、オフィスビルが多く建ち並んでいる通りでは、何処も煌々と明かりが灯されている。 駅が近いこともあり、通うには丁度良さそうな場所ではあるが、一体いつになったらそれらの灯火は消えるのだろうか。 「お、ちびっこどもが出てきた。終わったのか」 辺りを見回し、物思いに耽りながら時間を潰していると、やがて終了時刻が訪れていたのか学生の姿を目にする。 足早に出ていく者もいれば、友人と笑顔で語らいながらやって来る者も居り、このような時間帯であるにもかかわらず元気そうにしている。 時が経つほどに人が増え、見逃さないように注意しながら一人一人確認し、まだ灰我は出てきていないと確信する。 「あっ! おい、あの人ってさ……!」 駅に向かって雑踏へと紛れていく者もいれば、友人との話に花が咲いてなかなか立ち去らない者も居り、そんな中で唐突に聞こえてきた声の方を見てみると、あんぐりと口を開いている少年達が何故か此方を見ている。 「あ……。まさか」 呟きを漏らしながら、そういえば骸の面子というのは、塾の生徒が殆どであったという話を誰かから聞いていたような気がする。 初めは驚きの表情を浮かべていた少年も、周りにいた者が気付く頃には一様に目を輝かせており、どうしてそんなきらきらとした眼差しを注がれているのか意味が分からない。 「ディアルの真宮さんだ!」 「おいコラやめろ! そこ声でけえぞ!」 「なんでなんでココにいんの!」 「本物だ~! なんでココにいんの誰か待ってるの、ねえねえ!」 一気にわらわらと小さなお友達が駆け寄ってきて、大声で呼ばれておいやめろ恥ずかしいと主張が通る間もなく集られてしまい、どうしてこうなったと思っても答えが見つからない。 「なんだよ、お前ら。懐くんじゃねえよ……」 もっとこう、遠くから隠れて見張っておくべきだったかと項垂れても、後の祭りである。 あの夜に襲い掛かってきたとは思えないような懐きようであり、有仁達に面々の沈静化は一任していたのだけれど、どうしてこんなに仔犬達がまとわりついてくるのだと不思議でならない。 アイツらどういう収め方したんだよ……、なんでこんなに懐かれてんだ俺は……。 「兄貴って呼んでもいいですか!」 「やめろ、恥ずかしい……」 「ココで何してるんすか、偵察すか!」 「関係ねえだろ、とっとと帰れよ……」 「俺もディアルに入りたい!」 「ダメだ、お前らのお守りまで出来るか……」 「俺! 真宮さんのこと好きになった!」 「あ~はいはい、良かったな……」 こいつら全然懲りてねえぞ……? という思いを感じてはいるも、今ではもう無害な子供そのものであり、悪い戯れからは卒業しているようである。 年相応にはしゃぎ、無邪気な笑みで懐かれて悪い気はしないのだが、このままでは目的の人物が現れた時に非常に困る。 これまでの日常へと戻り、子供らしい振る舞いで生活している姿を見て安心するも、それにしても面倒な事になってしまったと小さく溜め息が漏れる。 少年達をあしらいながら出入口を気に掛け、流れていく人波に見覚えのある人物が紛れていないか注視し、なんだか一気に忙しくなってしまった。

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