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Digitalis

面倒臭そうにしながらも無下には出来ず、どうしたものかと視線をさ迷わせていると、大方の生徒が捌けたのであろう出入口へと、見覚えのある人物が近付いてくるのを目にする。 俯き加減で前へと進み、行動を共にしている者は居らず、心なしか元気が無さそうに見えるのは気のせいだろうか。 まあ、こんな時間まで頭使ってたら疲れもするか。 深くは考えず、間違いなく目当ての人物であるという確信を持って、暫くは彼の姿を目で追う。 相変わらず周囲は賑わっているが、構わず一点へと視線を注いでいると、丁度外へ踏み出そうとしていた灰我がふと顔を上げ、次の瞬間には確かに目が合っていた。 「あ、おい!」 視線が絡み合っていたはずなのだが、一瞬ぎくりとした表情を見せたかと思えば顔を背けられ、何事も無かったかのように早足で歩いていってしまう。 咄嗟に呼び止めても虚しく流れ、外へと現れた灰我は逃げるように目前を通り過ぎ、駅の方角へと歩を進めていく。 どういうつもりだアイツ、とは思うも、先日の夜を思い起こしてからはたりと気が付き、ナキツの件が尾を引いているのだろうかと思案を巡らせる。 お世辞にも後腐れない別れ方とは言えず、怒りに声を荒くしたところで彼等とのやり取りは終わっていたので、報復でもされるのではと思われていたらそれはそれで厄介である。 「て、やべえ! アイツもうあんなとこまで行ってんじゃねえか……!」 物思いに耽り過ぎて、我に返った頃には灰我の後ろ姿が小さくなっており、ぼんやりしている場合ではなかったと一気に慌てる。 「俺はもう行くからな! お前ら真っ直ぐ家帰れよ! 後もう悪さすんなよ! 今度また何かやらかしたらお仕置きすっからな!」 呼び止められてもいちいち答えていられず、群衆を掻き分けながら一方的に声を掛け、ここまできて見失ってたまるかと灰我の後を追い掛けていく。 後ろの方から色々と言われている気がするが、ひらひらと片手を振って別れを告げ、思いきり我が身を避けている少年を求めて前へと進む。 「おい。おいコラ、待てって」 様々な人物とすれ違いながら、街灯が設置されているとはいえ薄暗い歩道を駆けていき、程無くして灰我の後ろ姿を目と鼻の先に捉える。 見失う心配は無くなったので歩調を緩め、後を追いつつ声を掛けるも清々しいまでに無視をされ、聞こえてるくせにこの野郎……と若干こめかみがひくつく。 しかし逃げ出すつもりはないようであり、呼び掛けには答えないものの行方を眩まそうという気配は感じられず、なんだかおかしいなとは思うも気にする程ではない。 突飛な行動を起こすでもなく、唐突に駆け出していくこともなく、こうして後をつけられている以外は至っていつも通りといった感じであり、灰我は黙々とショルダーバッグを揺らしながら歩いている。 「どうしたんだよ、お前。元気か? ちゃんと飯食ってんのか~?」 返答が無くても、聞こえているのならまあいいかと開き直り、目前にて歩を進めている少年へと声を掛けていく。 「お前をぶん殴ろうと思って来たわけじゃねえよ、安心しろ。あれからお前のことが気掛かりだった。だからこうして顔を見に来たわけなんだが、結構元気そうだな。安心した」 後ろ姿を視界に収めながら、悪行からは足を洗ってすっかり日常へと戻っている姿を見て、余計な心配をしていたのかもしれないと思えてくる。 目前にて歩を進めている少年は、健康そのものといった様子で目的地を目指しており、手傷を負わされているような形跡は何処にも見当たらない。 ヴェルフェが居たのは偶然なのか、灰我との接触を目撃していたわけではないので、実際にはどうであったのか分からない。 だからこそ渦中の人物と成り得る彼に、こうして突然会いにやって来たわけなのだが、当の本人は関わりたくない様子で黙々と先を急いでいる。 杞憂であればそれでいい、けれどもどうしてか、このまま引き下がってはいけないような気もしてしまうのは一体何故だろうか。 「今のうちに……、何処かに行ってよ……」 思案を巡らせつつも後を追い、暫くのんびり付いて行ってみるかと思っていた時に、何やら声が聞こえてきたように思うも内容までは耳に届かない。 「なんか言ったか?」 首を傾げて聞き返し、もう一度言ってもらえるよう暗に促すと、それまで見向きもしなかった灰我が唐突に振り返ってくる。 「ちっとも元気なんかじゃないよ……!」 訴えるような眼差しと共に、語気を荒く告げられて少々驚き、すぐには返す言葉が見つからない。 「どうした……?」 「なんでもない。もう、ついてくんなよっ。このまま一緒に居たら、俺……」 紡ぐほどに小さくなり、最後には蚊の鳴くような声になってしまって聞き取れず、言うだけ言うとまたしても前を向いて歩き始め、何事も無かったことにして此の身から離れていく。 明らかに何かがおかしい、けれども灰我の身に何が起こっているのかが分からず、今のところはまだ漠然とした予感だけが渦巻いている状態であり、確証を持てる段階には到れない。 問い掛けても答えは無く、とにかく彼は一人になりたくて仕方がない様子であり、見えない壁が目の前へと立ちはだかっているように感じる。 どうしてそこまで極端に突っぱねるのか、だがその割には、自慢の足を使って撒こうという考えはないようであり、ますます灰我の言動を不思議に思ってしまう。 突飛な行動に出られない理由でもあるのかと過るも、灰我の口を割らせない限りは知れようはずもない。

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