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Digitalis
灰我の思考が読めず、しかし様子がおかしいのは確かであり、苛立ちとも、焦りとも取れる感情を纏いながら、それきり振り返ることなくがむしゃらに前へと突き進んでいる。
駅前へと近付くにつれて、夜とは言えども賑わいが増していき、軒を連ねる飲食店やドラッグストア等の照明により足下を煌々と照らされる。
雑踏に紛れ、頑として心を閉ざしている少年の後ろ姿を見つめ、一体何を抱えているのだろうかと眉根を寄せる。
初めこそ怪我もなく、心を入れ替えて日常へと戻っている様子に安心していたのだが、何かを訴えるような眼差しで牙を剥かれた出来事が気になっており、ますます放っておくわけにはいかなくなった。
「灰我。なあ……、お前どうした? なんか嫌なことでもあったか? あれから……、何事も無かったか?」
努めて冷静に、怖がらせないよう出来る限り優しく声を掛け、返答は無いけれども灰我の耳にはきちんと届いている。
「元気ねえって言われたら、気になっちまうだろ。話してみろよ。誰かに打ち明けるだけでも、少しは気が楽になるんじゃねえのか」
「なんにも知らないくせに……、適当なこと言うなよっ……。そんな簡単なことじゃない」
「そうなのか……? ふ~ん、簡単なことじゃねえのか。さてはテストの成績でも悪かったのか?」
「そんなわけないだろ! アンタと一緒にするなよ! 見せられないような成績なんてとらねえし!」
「おい……、今の発言は問題ありだぞ。お前俺の何知ってんだよ……、完全に今イメージだけで言っただろお前……。懇切丁寧に説明しろよ、その根拠を。俺は意外とやれば出来るいい子だぞ」
「もう、うるさいうるさい! 俺は一人になりたいの! ついてくんなよ、あっちいけ!」
だんまりを決め込むかと思いきや、我慢出来なかったのか振り返りはしないものの捲し立てられ、相変わらず足は止めずに先を急いでいる。
予想外の反応に驚きつつも、少しはコミュニケーションの余地がありそうだと思え、焦らずじっくりと灰我の緊張を解きほぐしていこうと考える。
一人になりたいと訴えはするものの、無理矢理に引き剥がそうという強行手段には出ず、何やら漠然とした迷いが行動に現れているような気がするのだが、流石にそれは勘違いであろうか。
「お、調子出てきたじゃねえか。初めて会った時みたいにもっと威張ってふんぞり返れよ」
「威張ってない! ふんぞり返ってもない!」
「そうか~? 相当自信満々だったじゃねえか、お前。ま、あんなんじゃ物足りねえけどなあ。俺はもっと真っ向から打ち合えるような奴が好みだ。覚えとけよ」
「そんなの、知るかよ。なんだよ、びしょ濡れだったくせに。ヘッドのくせに水風船ぶつけられたりしてすげえ情けなかったし」
「なっ、仕方ねえだろ! あんな一気に投げ付けられて避けれるわけねえだろ! 大体なんで水風船なんだよ!」
「そういえば、びしょ濡れになったから脱いでたの? まさかカラーボール当たっちゃったとか? ヘッドのくせになっさけない、かっこわるい、ホントがっかり!」
「うっ……! い、いいだろ……、当たることも、あんだろ……。お前……、俺の心を傷付けてなんか楽しいのかよ……。ヘッドとか関係ねえじゃん……。かっこわるいとかお前……、そんなハキハキ言うことねえだろ……」
グサグサと突き刺さるようなことを連ねられ、地味に傷付きながらも後を追い、ほんの少しではあるが会話が成り立つようになってきた。
強張っていたように見えていた身体も、多少は緊張が緩んできたのではないかと思うが、まだ完全とは言い難い。
何を秘めているのかは分からない、本当にそれを誰にも打ち明けたくないのなら、僅かでも匂わせたりしないのではないだろうか。
何かに気付いてほしいのか、単に考え過ぎているだけなのか、様々な想いは渦巻けど答えには至らない。
「真っ直ぐ家に帰るんじゃねえのかよ」
「本屋に寄っていくのが決まりなの。そういうわけだから、じゃあね」
無我夢中で先を急いでいた足が止まり、書店の前でくるりと振り向いた灰我と目が合い、先程までの不安そうな表情は消え失せている。
ふてぶてしい態度で告げられ、返事は求めていないとばかりにさっさと店内へ入ってしまい、忙しい奴だなと胸中で呟く。
縋るように見返してきた眼差しは気のせいであったかと思うほどだが、このまま黙って引き下がるつもりは毛頭なく、暫くは我慢比べに付き合ってやろうと思っている。
「素直じゃねえな……。そんなに、言えねえようなことなのか……?」
微かな独白は風に流れ、暫しの時を佇みながら思案を巡らせ、考えたところで埒が明かないことはすでに分かっている。
覗けもしない心で何を想っているかなんて、本人にしか分からないのだ。
そういえばと手にしていた煙草を眺め、すっかり占められる灰の割合が多くなっていることに気付き、辺りへと視線を巡らせる。
夜風が気持ち良く肌を撫でていき、バス停の並びに設けられていた喫煙所を都合良く見つけ、惜しむように身を削られた煙草を吸いながら近付いていく。
紫煙を燻らせ、灯火を消して煙草を捩じ込み、塾の後に寄り道とは元気なもんだなあと暢気に考えながらも、そういうところが無防備なのだと思わずにいられない。
何処からどう見てもまだまだ子供であり、一人で夜の街をさ迷っている姿は非常に危うく、そういう奴等からしてみれば灰我のような少年はさぞや恰好の餌食であろう。
「……大丈夫だろうな」
流石に書店で滅多なことは起こらないだろうと思うも、一度過ってしまえば気になって仕方がなくなり、元より後を追うつもりであったのだからとっとと入ってしまおうと歩を進める。
自動扉を抜け、広々とした奥行きのある店内では、年代も様々な客がそれぞれに過ごしており、静かな雰囲気が漂っている。
夜を感じさせぬ明るさが天井から降り注ぎ、ありとあらゆる書籍で埋め尽くされている中を歩き、目当ての人物を求めて視線を巡らせる。
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