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Digitalis
出入口の側にはカウンターがあり、丁度支払いを済ませた女性客が商品を受け取り、傍らを通り過ぎて外へと出ていく。
陳列棚には所狭しと本が並べられており、何処の通路にも誰かしら佇んでいては真剣に眺め、時間帯もあってか殆どが一人で訪れている者のようである。
奥まで目を通しつつ、居なければ次の通路へと移動してを繰り返し、灰我の姿を求めてゆったりと歩いていく。
「お、いやがったな」
程無くして、目当ての人物が立ち読みしている姿を発見し、何とはなしに軽く溜め息をついてから近付いていく。
他にも数人の客が周りには居り、殆どが仕事帰りであろうかスーツ姿の男性であり、陳列されている雑誌を眺めていく程になんとなく納得する。
男性向けのファッションやヘアカタログに始まり、車やバイクなどの趣味に関する書籍が多く並んでおり、この一列に関してはそういうものばかりが置かれているようだ。
「わざわざ何しに来てんのかと思えば漫画かよ」
歩を進め、灰我の隣へと辿り着いて覗いてみれば、少年は真剣な眼差しで漫画を読んでいる。
男性向け雑誌の向かいは漫画が置かれているようであり、灰我はその中の一冊を手にしながら黙々と読み進め、気に掛けているのが馬鹿らしく思えてきそうなくらい平和に映り込む。
眺めたところで何の漫画を読んでいるかは分からないけれど、どうやら週刊誌で連載されている物語のようであり、声を掛けても夢中になって頁を捲る手が止まらない。
「なんだよ。まだいたのかよ」
「居ちゃわりぃのかよ。お前可愛くねえぞ」
「ふんだ。可愛いなんて言われても嬉しくねえし」
「ま、かっこよくもねえけどな。単なるガキ」
「むっ……。おっさんに言われたって痛くも痒くもねえしっ」
「おまっ……、おっさんて、俺か……?」
「他に誰がいるんだよ」
「そんな歳じゃねえよ、バカ野郎……。お兄さんと呼べ」
「ふん、やなこった。早く何処か行ってよ、邪魔だから」
こ、この野郎……、とこめかみをひくつかせるも、灰我は気にも留めずに漫画を読み続けており、あの夜よりも可愛いげがなくなっているように思うのは絶対に気のせいではない。
はあと溜め息をつきつつも、このまま置いて帰るわけにもいかなくて、とりあえずは並んで佇みながら辺りを見回す。
「なんでずっと俺の後ついてくるんだよ。ヘッドのくせに暇なの? 他にすることないのかよ」
「暇じゃねえよ、断じて。お前のことが心配だからわざわざ何よりも優先して来てやってんだよ。ま、お前からしてみれば押し付けがましいだけかもしんねえけど」
傍らから声を掛けられ、何でもないことのように返事をしながら、適当に陳列されている雑誌を手に取ってみる。
灰我と言えば、返された言葉に頁を捲っていた手が止まり、暫くしてから密やかに視線を寄越してくる。
自分を優先し、考えてくれていることが分かり、やっぱりこの人はとても優しいと、少年は胸中で遠慮がちに呟く。
あんなに短い間であったのに、ましてや敵として襲い掛かった相手であるというのに、無条件に何の躊躇いもなく手を差し伸べてくる。
素直になりたい、縋り付きたい、不安で仕方がないこの気持ちを分かって欲しいと、油断すればすぐにも飛び付いてしまいそうな衝動を押し殺し、どうにかして我が身から引き離さなければと灰我は思案を巡らせる。
どうしてこんなにも早く再会してしまうのかと、命令に背けないけれど言う通りになんてしたくないというせめぎ合いに眉を寄せ、複雑な表情で盗み見ていた視線を外し、そのような心境を滲ませぬように苦心しつつ雑誌を眺めていく。
全く頭に入らなくても頁を捲り、読んでいる振りをしている少年の行動には気付かぬまま、さてどうしたものかと思考を巡らせて時が流れていく。
「なんで……、気に掛けてくれるの……。俺、酷いことしたのに……」
前後の流れが全然分かんねえな、と思いながらも見知らぬ漫画を眺めていると、ぽつりと紡がれた弱々しき台詞が耳に入ってくる。
「ああ……、水風船投げられるわ、カラーボールぶつけられるわ、BB弾撃たれるわで服も使いもんにならなくなるし、全くひでえ目に遭ったぜ。鬼かよ、お前ら」
「裸で追い掛けてきて通報されても文句言えないよね」
「確かにな……、その懸念はあったけどよ……。て、どの口がほざいてんだよ。お前が言うな」
弱みを晒してきたかと思えば、すぐにも先程までのふてぶてしい様子に戻ってしまい、相変わらず好き勝手に言われてげんこつをお見舞いしてやりたい気分である。
視線を向ければ、傍らでは週刊誌を立ち読みしている灰我が居り、此方のことなどどうでも良さそうに言葉を返している。
「まあでも……、結構楽しかったぜ。お子様の発想は予想外で、何が来るか分かんねえしな。だからってまた何かやらかそうとか考えんなよ。次はもうねえからな」
再び手元へと視線を戻し、然して興味もない雑誌をぱらぱらと捲っていきながら、隣で佇んでいるあどけない少年へ声を掛ける。
あの夜の出来事は予想外の連続であり、かなり手を焼かされてどっと疲れたけれど、無邪気な子供の戯れである内は可愛いものである。
それでももう、あのようなことに手を染めるなと念を押し、元の場所へ立ち読みしていた雑誌をしまい込む。
「そういえば……」
「ん? なんだよ」
「攻めってなに?」
「ハァ……? なんだよ、なんの脈絡もなく」
「だって、いつか聞けって言われたから……」
「あ? 誰に」
「誰って、ヒズ……あ、の、ちょ、なんでもないよバカッ!」
「なんで怒られんだよ、俺が……。理不尽過ぎんだろ……」
暫しの間を経て、身動き一つせずに立ち尽くし、押し黙っていた灰我から思い出したような声が漏れ、唐突にわけの分からないことを聞かれて困り果てる。
いきなり攻めってなにって聞かれても、知るかよ俺が聞きてえよ……。
そのままやはり突然に機嫌を損ねられてしまい、何度目かの溜め息が自然と漏れていく最中で、灰我と言えばしどろもどろになってからまた急に黙りこくってしまう。
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