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Digitalis
どうしたものかと思いつつ、考えるように自然と腕を組んでしまいながら、傍らにて立ち尽くしている少年を見下ろす。
すっかり頁を捲る手は止まってしまい、顔を見られたくないのかそっぽを向かれており、だんまりを決め込んで静止している。
調べでは、中学生であるということが分かっており、我が身すらも満足に守れないような子供である。
これからどんどん伸びていくのであろうが、今のところは背が低く華奢であり、触れたら壊れてしまいそうな脆さを孕んでいる。
煌々とした照明の下、ふんわりとした蒲茶色の髪は鮮やかに光を帯び、手触りの良さそうな猫っ毛が視界に収まっている。
「地毛か……? これ」
声を掛けると共に、腕組みを解いてから髪へと触れ、特に何を考えることもなく頭を撫でる。
黒髪とは言えず、けれどもあからさまに染めているような色合いでもなく、少し生意気な少年にはとてもよく似合っている。
「なっ……、なにすんだよ!」
触れ合いそうなくらいに距離を詰め、まじまじと見つめながら優しく頭を撫で、毛束を摘まんで光に透かしてみる。
明後日の方向を見つめていた灰我は、突如として降りてきた温もりに驚き、一体何が起こっているのだろうかと視線を巡らせる。
そうしてすぐにも頭を撫でられていることに気付き、一瞬にして頬を染めながらやめさせようと声を上げるのだが、全く聞き入れてもらえずに尚も髪を弄ばれている。
「やめろよっ」
「いいじゃねえかよ、これくらい。ケチケチすんなよ、お子様。ちょっとじっとしてろ」
「良くない! 勝手に触んなよ! あと子供扱いすんな! もうもう、離せったら!」
「ンなこと言ったってガキじゃねえかよ。て、お前……、顔赤けぇな。なんだよ、照れてんのか~?」
「ち、ちがっ、そんなわけないだろ! 見んなよ、バカッ! もうどっか行っちゃえ!」
「いって……! テメ、何も蹴ることねえだろっ……。少しは加減しろよっ……」
思い切り脛を蹴られ、苦悶の表情を浮かべながら手を離すと、灰我はふんと鼻を鳴らして雑誌を元の場所へ戻す。
そうして傍らを通り過ぎ、出入口を目指してさっさと歩いていってしまい、どうやら書店から出ていくつもりでいるようだ。
有仁が居れば盛大に大笑いされそうであり、自分でも情けないとは思いつつも、相手が子供では振り回されてやるしかない。
盛大に溜め息を吐き、本来の目的を見失いそうな最中で気を取り直し、まだじんわりと痛む足を引き摺って踏み出していく。
結局立ち読みしに来ただけであった灰我は、再び足早に歩を進めて外へと出ていき、後を追って涼やかなる空気で満ち溢れた夜へ戻っていく。
「おい、灰我」
「ついてくんなよ、変態! 交番に駆け込むぞ!」
「確実に勘違いされんだろうが、やめろ」
「俺に何の用なんだよ! もうあれから何もしてないって分かってんだろ! 懲りたよ! ちゃんと真面目にやってるって!」
「まあな……。お前らがもう悪さしてねえのは分かってる」
問題は、其所ではない。
書店を後にし、穏やかに通り抜けていく風に迎えられ、再び雑踏へと身を紛れさせる。
未だ冥暗巣食う夜の世界は果てしなく、あれからどれくらいの時間が流れているのかは分からないけれど、周辺の賑わいは衰えを知らずに軒を連ねている。
目前では、柔らかな髪を風に弄ばれながら揺らし、突っぱねつつも言葉を交わしてくれるようになった少年が歩いており、小さな背中には果たして何が圧し掛かっているのだろうか。
「ヴェルフェとは、関わってねえんだよな……?」
暫しの間を空け、先を急いでいる少年の後ろ姿を見つめながら、不意に真面目な口調で問い掛ける。
すっと目を細め、些細な変化すらも見逃さぬように視線を注ぎ、継がれるであろう言葉を待つ。
表情は分からず、すぐには返答せずに何やら思案しているのか、沈黙が訪れるも足は止まらない。
最も重要なのは、あの夜に目撃されている漸とヒズルの動向であり、彼等が灰我と関わっている可能性は拭えない。
もしも接触していたとすれば、あの男が大人しく見逃してやるとは考えにくく、大なり小なり事が起こっているとしか思えない。
それを見極める為、安否の確認も含めて灰我の元を訪れているのだが、本題を告げられた少年からどのような回答がもたらされることであろう。
「そんなこと聞いてどうするんだよ。何にもしてないってもう知ってるはずだろ」
程無くして発せられた声には淀みが無く、すらすらと詰まらずに言葉を返され、相変わらず少年は振り返ることもなく歩いている。
「それならいいんだけどよ」
大通りへと視線を向け、行き交うヘッドライトの群れは目映く、幾筋もの光が絶えず横切っていく。
何事もなければそれで良く、無理矢理に聞き出そうとしたところで無駄であり、元より何も無ければ話しようがない。
けれども、単なる偶然にしては出来すぎているような気がしてならず、やはり目的があったからこそヴェルフェは現れたのだろうと考える。
標的は別に居るのだろうか、それとも灰我とは確かに関わりを持っており、真相を打ち明けられないような状況へと追い詰めているのだろうか。
「もし……、もしも関わっていたとしたら……、どうするの? アンタが何してくれるって言うんだよ。俺のこと助けてくれるの? どうせ、なんにも変わらないよ……。強い奴等なんだろ……」
「助けて欲しいのか……?」
「例えばの話だってば。まあ、関わっていたところで誰にも何にもできっこないよね。全部、この手に懸かってるんだから……。俺の行動次第なんだ……」
「灰我」
「なんだよ、うるさいな。俺の側に居るのはやめてよ……。俺……、いい子にしてないといけないんだ……。いい子でいるには、アンタのこと……」
「……守ってやるよ。何に代えても、絶対に。その為に今俺は此処にいる。お前が何かを抱えているならぶつけてこい。俺が全部受け止めてやるから、な……?」
「……」
「何かあったのか……? 灰我」
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