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Digitalis
拳を震わせ、生意気な少年に手を焼きながらも、後を追って歩道を突き進む。
何かを秘めていることはまず間違いなさそうだが、なかなか素直にもなれない様子であり、口を開けば可愛いげのない台詞ばかりが聞こえてくる。
ふとした拍子に不安げな表情を浮かべるくせに、一人で抱え込もうとするのはどうしてなのだろう。
俺に警戒してるのか?
まあ、そう簡単に信用出来るわけねえよな……。
不良を毛嫌いしている少年からしてみれば、自分もきっと疑わしき対象へと分類されてしまうのであろうし、否定すればする程に胡散臭くなってしまいそうな気がする。
急に現れて付き纏われれば警戒もするよなと思い、今更ながらにせっかちな行動へ移ってしまったことを反省する。
けれども此処まで来て後戻りも出来ず、無理矢理に聞き出そうとする行為だけは控え、もう暫くは大人しく見守ってみようかと考える。
共に時間を過ごしているうちは安全であろうし、事が起きた暁には自らの手で対処すればいい。
このまま離れて一人にしてしまうよりは、つんけんされてもすぐ手の届くところに居られたほうが、なんとなくだが良いような気がしていた。
「よく来るのか」
「最近は、そうでもない……」
「そうか」
書店を出てから程無くして、同じ通りに面しているだけあってか、然して時間も掛からぬうちにゲームセンターへと辿り着く。
先を進んでいく少年の姿を視界に収め、自動扉が開かれた瞬間からありとあらゆる音が重なり、別の世界にでも迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。
俗世から分断され、束の間の戯れにて安らぎを得ている者達が、夜だからこそなのだろうか大勢いる。
一人で楽しんでいる者もいれば、複数ではしゃいでいる姿も映り込み、それぞれが好きなように気持ちの赴くままに没頭し、限られた時間を精一杯に良き思い出として紡いでいる。
「ゲーセン来たりするの……?」
店内を見渡し、今のところ目につくような人物は居らず、誰もが目先のゲーム機に集中している。
何台も設置されているクレーンゲームを横目に、きょろきょろと視線をさ迷わせている灰我から、遠慮がちに声を掛けられる。
珍しいこともあるもんだと思いつつ、あまり縁の無い場所を闊歩しながら、音に紛れぬよう距離を詰めて返答する。
「一人じゃまず来ねえな。さっきも言ったけど、有仁がゲーセンも好きだから、一緒になら何回かあるか。まあ……、付き添いっつうか、無理矢理っつうか……、アイツのわがままでな……」
「ふうん、優しいんだ……」
げんなりしつつ答えると、突っぱねていた灰我らしからぬ反応を返され、予想外であったが為に暫しの間を空けてしまう。
「俺が優しいのは間違いねえけどな」
「ふん……、別にアンタのこと言ったわけじゃないし」
「まあ、そういうことにしといてやるよ」
「なっ、なんだよ!」
「別になんでもねえけど~? なあにムキになってんだよ」
「なってねえよ、バカッ!」
「お前バカバカ言い過ぎだぞ……」
中身はどうあれ、軽快に会話が弾んでいき、灰我は唇を尖らせているが特に問題ではない。
頭を撫でてやると、不満そうな表情をしていながらも拒絶せず、そっぽを向いてはいるもののされるがままになっている。
ほんの僅かにだけれども、可愛いところを見せるようになってきており、少しでも緊張を解きほぐせていたら良いのだがと思う。
「ちょっと待ってて」
少々ぼんやりしていると、見上げてきた視線に気が付き、次いで声を掛けられる。
「一人になんねえほうがいい」
「大丈夫だってば。すぐに戻ってくるから」
「とか言って逃げたりして」
「逃げねえよ、バカッ! す、少しくらいなら遊んでやってもいいかなって思ってやってんの! ちょっと見てくるだけだから待ってろバカッ! バカッ!」
「おい、バカの念押しやめろ」
あれでも歩み寄っているつもりなのだろうか、それにしてはあまりにも不器用過ぎるのだけれど、些細な変化でも有り難く受け取っておくことにする。
止めたところで無駄なようであり、現に小走りに奥へと進んでいってしまい、言うこと聞かねえ奴だなあと溜め息が漏れる。
ゲーム機でも覗きに行っているのだろうか、何も此処でじっとしながら待つ必要もないのだが、恐らく耳を貸さないであろう。
「じっとしてられねえんだよな……」
顔を向ければ、愛くるしいぬいぐるみが幾つも積まれている様が目に入り、どうやらクレーンゲームの景品であるようだ。
最早有仁がはしゃいでいる姿しか思い浮かばず、最近何にハマってるって言ってたっけと記憶を掘り起こすも、馴染みがないのでするりと右から左へと通り抜けてしまっている。
眺めていても仕方がないし、やろうとも思わないのですぐにも手持ち無沙汰になり、灰我の道筋を辿ってみようかと足を踏み出す。
視線を巡らせ、夢中で時を過ごしている者達が映り込むも、目当ての人物は周囲に居ないようである。
店内は広く、大小様々に立ち並ぶゲーム機が視界を遮り、易々と隅々までは見渡せない。
結局は足に頼るしかなく、少年の言い付けを破ってさ迷いながら、気の向くままに探索していく。
「いねえな。まさかアイツほんとに……」
逃れようと行方を眩ませたのではと思いかけ、すぐにも打ち消す。
まだ全てに目を通したわけではないし、精一杯の歩み寄りに含まれた想いは真実であると、そう信じている。
「ん……?」
大方のところ、陰に隠れて見えなくなっているだけなのであろうと、行き交う人の流れにも目を凝らし、対戦ゲームへと興じている何人かが映り込む。
その時、視界の端を一瞬、見覚えのある影が横切っていったような気がして、即座に視線を滑らせる。
ゲーム機を前に腰掛け、真剣な表情で熱中している者や、次は何をしようかと吟味しながら歩いている者など、多くの客で賑わっている店内で視線を走らせ、複数の男が人目を避けて歩いていく姿が目に留まる。
怪しいところなど何もないように思えるもどうしてか気になってしまい、まるで何かを隠したがっているかに見える彼等の隙間から、今にも連れ去られようとしている少年が映り込んで目を見張る。
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