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Digitalis
一瞬にして事態を把握し、彼等の行く先へと視線を移し、考えている暇もなく足を踏み出していく。
見失わぬように注意しながらも、乱立している多種多様なゲーム機と、気紛れな人々の流れに阻まれてしまい、逸る気持ちとは裏腹にどうしても行動を制限される。
思うように進めず苛立ちを募らせるも、こういう時こそ落ち着かなければと言い聞かせ、何処へ向かおうとしているのかを考える。
目立つ行為を極力避けているように思え、上手く周囲へと溶け込みながら歩き、時おり何やら会話をしつつ客を装っている彼等は、一体何者なのであろうか。
今のところ確認出来ているのは、行動を共にしている三名の青年のみであり、灰我を隠すようにしながら先を急いでいる。
見るからに柄の悪そうな連中であり、肩をいからせて歩を進めている様には威圧感が拭えず、一緒にされたくはないが此方側の人間であろうと推測する。
群れに属している者だろうかと考えてすぐさまヴェルフェが過ってしまうものの、遠目からの雰囲気でしか感じ取れる要素がなく、それでもなんとなく毛色が違うように思えてならず、このような場所でわざわざ人目につきやすい行動には出ないのではないだろうかと思案する。
「上か……?」
他に気にしている者は誰も居らず、視線の先にて映し出されている景色へとのめり込んでおり、此処まで来てわざわざ周りを意識しようとする人間は居ない。
ある者は銃を片手に、またある者はハンドルを握り、時間を忘れて束の間の安らぎを仮想世界から得ており、そのような最中で事が起ころうなどとは誰も思わないのであろう。
思考の整理が追い付かず、それでも彼等の視線の先にエレベーターを見つけ、脇には上へと続く階段が伸びている。
どうやら外には出ず、階上を目指そうとしているようであり、あのままエレベーターに乗られては不味いと足を速める。
密室へと灰我を連れ込まれるのはなんとしても避けなければと、そう思うが早いか駆け出していき、彼等の背中を視線の先に捉えて猛然と追い詰める。
「灰我……!」
あらゆる音に紛れながらも、目当ての人物を振り向かせるには十分であり、間違えようのない姿が眼前にて晒される。
しかしそれは、同時に取り囲んでいる者共をも振り向かせる結果となり、此の身を一目見た瞬間から状況を察し、妙に傷だらけの面々が一様に顔を強張らせている。
「早くしろ、クソガキッ! 妙な真似しやがったら殺すぞ!」
互いを認識するや否や、ハッとした表情で此方を見つめていた灰我の腕を、内の一人が乱暴に掴む。
荒々しく声を上げ、怯えを滲ませている少年を無理矢理に引っ張ると、エレベーターを通り過ぎて少し奥まったところにある階段へと駆け出し、派手に足音を立てながら上がっていく。
「待てコラッ!」
幕は切って落とされ、最早何に構うこともなく追跡を始め、エレベーターを通り過ぎれば一気に動きやすくなる。
ゲームセンターからは隔絶され、途端に静けさが漂い始めるも、複数の足音が乱れ打っては反響し、標的は一心不乱に上を目指して駆けている。
奴等はなんだ……!?
アイツに何の用がある……!
つい先程まで、少年の傍らにて浮かべられていた柔らかな表情は消え、今や猟犬の如く鋭い眼差しで行く手を睨み付け、獲物を捕らえるべく全速力で脇目も振らずに駆け上がっていく。
そうして何故、灰我が連れ去られなければならないのかを考え、彼等との接点を見出だそうとする。
誰でも良かったようには思えず、恐らく彼等は初めから灰我へと目をつけて事に及んでいる。
目を離していたのはほんの僅かであり、たった数分でこんなにも大きなうねりとなり、このような事態に陥るとは想像していなかった。
一人になるなと言っておきながらも、自分が側に居れば大丈夫だという驕りが少なからずあり、本当に何かが起こるだなんて深く考えてもいなかった。
状況は目まぐるしく変わる、いつ何が起ころうともおかしくはない、当たり前にあるべきものが急に失われていく世界なのだ。
何が守ってやるだ……、簡単に奪われやがって……!
情けない自分へと憤り、這いずる焦燥感を押しとどめながら、前だけを見つめて猛然と距離を詰めていく。
まだ終わりではない、十分に猶予があり、この手でどうにでも切り開いていける。
「何すんだよ! やめろって言ってんだろ!」
「うるせえな! テメエ忘れたとは言わせねえぞ!!」
「この顔見覚えあんだろっ……! テメエあん時はよくもやってくれたなァッ!」
「し、知らない! やだっ、離せって……!」
次第に会話が鮮明さを増していき、その姿を捉えるのも時間の問題であり、荒く足音を響かせながら突き進む。
ゲームセンターでの賑わいが嘘であったかのように、他に人気が無い階段は何処と無く薄暗い。
やはり初めから灰我を狙っていたようであり、頭に血が上っている様子で捲し立てており、階上から絶えず怒声が響いてくる。
奴等とは面識がある……、過去に何かあったのか……?
灰我は知らないと言い張っているが、声が上ずっていて明らかに動揺しており、全く関係がないとは言い切れないようである。
子供とはいえ、正体を隠して行われてきた悪事があり、何処から恨みを買っていてもおかしくはない。
けれども、数多の候補の中で真っ先に気になってしまったのは、本来ならば有り得るはずのない群れである。
しかしながら灰我にとっては、最も因縁がある輩なのだ。
「まさかっ……」
マガツなのか……?
奴等はヴェルフェに潰されており、その名を耳にすることも無くなっていたというのに、どうして彼等が未だ自由に振る舞えているのかが分からない。
初めて顔を見て、まず怪我へと視線を奪われていただけに、彼等がすでに手傷を負っているのは間違いない。
しかし、ヴェルフェを相手にしているならば、あの程度で済むわけがない。
アイツが率いるようになってから……、奴等に加減なんてもんは存在しねえ……。
それなのにどうして動ける者がいるのだろうかと考え、初めからこうする為に見逃されたのであれば、腹立たしいが最も現在の状況へと結び付いてしまう。
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