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Digitalis
「動くな!」
歩を進めていくと、見据えている先から語気荒く言い放たれ、大人しく聞き入れて立ち止まる。
些細な隙が生じる程度では、一気に詰め寄れない距離が未だに開いており、此処からどのようにして近付くかに懸かっている。
辺りを涼風が通り抜け、火照っている身体へと心地好く染み渡り、より冷静な思考をもたらしてくれている。
仄かな光に包まれ、焦りを滲ませている残党の表情が確認出来、此方を睨み付けてはいるものの明らかに狼狽えている。
目当ての少年を盾に、肩へと腕を回して引き寄せながら、喉元には刃を突き付けて自由を奪っている。
身動きが取れず、何も言えない様子で立ち尽くしている少年からは不安げな双眸が注がれており、迫り来る恐怖にじっと耐え忍んでいる。
誰もが唇を閉ざし、暫しの時を静寂に支配されるも、ただ立ち尽くしているだけでは何の解決にもならない。
残党の様相を窺いつつ、視線は逸らさぬまま後方へと気を配り、打ち倒された者共には今のところ動きはないと知る。
照らし無き空の下、他に人の気配は無いようであり、今にも増援がやって来そうな様子も窺えない。
手の込んだ芸当を仕組める程、頭の回転が速そうにはとても見えないことからも、いよいよマガツは崖っぷちへと追い詰められているようである。
「テメエらはマガツだな」
「だったらなんだ!」
沈黙を打ち破り、落ち着いた声音で問い掛けてみると、正反対の口調で一息に捲し立てられる。
馬鹿正直な奴とは思いつつ、殆ど確信している事であった為、別段驚きもせずに受け流す。
「ヴェルフェに潰された割にはピンピンしてんじゃねえか。なんでテメエらだけ生き残ってんだ……?」
すっと目を細め、一挙手一投足をも逃さぬように窺いながら、灰我を人質に取っている輩を見つめる。
冷や汗を滲ませながらも、少年を盾にしているうちは下手に手出しは出来ないだろうと踏み、焦燥感に苛まれつつも男は引きつった笑いを浮かべていく。
「テメエのことは知ってるぞ……。ディアルの真宮だろ」
「俺の質問に答えろ。テメエ好き勝手に喋れる立場かよ。置かれてる状況すら満足に把握出来ねえのかテメエは」
正体を知られているところで、特に大した問題ではない。
言葉を返しながらおもむろに煙草を取り出し、一本抜いてから咥えるとライターを手にし、灯火が消えぬよう片手で囲いつつ先端へと宿らせる。
すぐにも紫煙が風に浚われ始め、一汗掻いた後の一服はとても良いものであり、このような現状でなければもっと気持ち良く楽しめているに違いない。
「なっ、テメエ何舐めた真似してんだ!」
「別に一歩も動いちゃいねえだろ。疲れてんだよ、一服位させろ」
「いけ好かねえ野郎だぜっ……。テメエらを先にぶっ潰しちまえば良かったんだ! ヴェルフェがあんなやべえ奴等だって知ってたら後回しにしたのによ!」
「この期に及んでよくもまあそんなに笑えねえ冗談が出てくるもんだよなあ。テメエら如きと同等に相手してくれる奴等なんて何処にもいねえよ。まあ、身の程も弁えらんねえから簡単に捻り潰されちまうんだろうけどなァ」
「くっ……、テメエッ……!」
「で……? テメエら如きがヴェルフェから逃げ切れるはずもねえわけだが、どうしてまだこんなところで遊び呆けていられるんだ……? 見ていて痛々しいったらねえぜ」
紫煙を燻らせながら笑み、苦虫を噛み潰したような表情で睨み付けてくる輩と相対し、捕らわれている少年は固唾を呑んで行く末を見守っている。
ヴェルフェへと手を出したのは間違いないようであり、案の定返り討ちに遭って壊滅させられたところまでは把握していた通りである。
しかし、こうして難を逃れている者が居るとは思わず、確か話では一人残らず叩きのめされていたはずであり、ヴェルフェの目が届く範囲をうろついていられることに疑問が湧く。
あの男が、絡んでいないはずがない。
そうでなければ説明がつかない、自由に遊び回らせてやるような人間であったなら、鳴瀬をあそこまで追い詰めることなんて出来ないはずだ。
「なんでテメエとこのガキが繋がってんのか知んねえが、俺らはこのクソガキに用があんだよ! テメエは引っ込んでろ!」
「ここまで巻き込んでおいてそれはねえだろ。俺もそいつには用がある。それをテメエらが横からかっさらってったわけだ。お前らこそ引っ込んでろよ。報復しようなんてみっともねえ真似はよすんだな」
「なっ……! う、うるせえっ! あの人のお陰でようやくこのクソガキを見付けたんだ! まあ、このガキどもにつけられた傷のお陰で俺らはヴェルフェにボコられずに済んだわけだから、そのへんは感謝してるぜ!? あの時はよくもやってくれたよなァッ~!?」
灰我へと意識が移り、怯えを滲ませている少年の目前にて刃をちらつかせ、今にも切りつける勢いで凄んでいる。
少年は未だ輩の手中にあり、変に刺激しようものなら逆上して傷付ける可能性は十分に考えられ、それはなんとしても避けなければならないと肝に銘じる。
近付けさえすればどうにでもなるのだが、追い込まれている残党は大いに警戒しており、此方の動向に過敏になっている。
元から宜しくない噂の絶えなかった群れである、追い詰められた今となってはどのようなことにも手を染めかねない。
もう少し言葉を選んだほうが良さそうだと思う一方で、気になる言葉が幾つか零れ落ちており、やはり糸を引いている奴がいると考えながらも脳裏を過るのは、最早たった一人しかいない。
「お前は……、銀髪の男に会ったのか」
努めて冷静に、変わらず一歩も動かぬまま佇み、残党へと視線を注ぎながら紡ぎ出す。
「は……? な、なに言ってんだテメエ! いきなりわけ分かんねえこと言ってんじゃねえよ!」
動揺を孕んでいるように窺え、なかなか白銀を多く目にすることもないだろうことから、漸と一度は会っていると考えて良さそうである。
しかしそれと同時に、傍らにて捕らわれている少年にも困惑の色が窺えたように思え、彼は一体銀髪から何を連想したのだろうかと気に掛かる。
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