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Digitalis
視線を泳がせ、何やら思い詰めたような表情を浮かべており、脳裏では今何が過っていることであろう。
未だ不自由な身でありながら、輩の言動など全く気にもならない様子であり、それほどまでに意識を奪われている理由とは一体なんなのだろうか。
灰我……、お前は何を隠している……。
残党よりも、灰我から滲む動揺に気を取られてしまい、どのような表情を浮かべているのかを彼は知っているのだろうか。
お前も……、漸に会ったのか……?
輩と共に少年を視界に収めながら、決して届かぬ独白を胸の内にて吐露し、何にそんなにも不安がっているのかが分からない。
あんなにも目立つ男は、そうはいない。
恐らくはきっと、誰もが同じ人物を思い浮かべているのではないかと考え、その可能性が最も高く現実的である。
残党も、灰我も、そうして我が身にも悪しき青年の姿が過り、それぞれに事情を抱えている。
目前にて身を竦ませている少年の心には、何がそんなにも重く圧し掛かっているのだろう。
お前から言ってくれることを期待してるんだが、どうだろうな……。
じっと立ち尽くしている少年を見つめつつ、そんなにも誰かに縋り付きたそうにしているのに、押し殺さねばならない理由が気に掛かって仕方がないのだが、まずは目先の案件を片付けない限りは先へと進めそうにない。
「テメエがあの男と通じてようが俺には関係ねえ。どうせテメエなんてはなから相手にされてもねえんだ。大方そのガキの情報でも貰ったんだろ。テメエは単に奴の気紛れな掌で踊らされてるに過ぎねえんだよ」
単純明快な輩へと向き直り、漸と接触しているであろうことは間違いないと見て、出方を考えながら言葉を紡いでいく。
「うるせえ! ンなことどうだっていいんだよ! 俺はずっとコイツを捜してたんだ! 誰からの情報だろうがそんなもん知ったこっちゃねえ! こうして辿り着けたんだ最高じゃねえか……!」
「そいつを離せ。じゃねえとただじゃ済まねえぞ」
「テメエこそ状況理解してんのかァッ! 分があるのは俺だ! コイツの生き死には俺の手の中にある! 手元が狂って刺しちまうかもしんねえぞ!」
肩に回していた腕に力を込め、首を絞められて灰我は苦しそうな表情を湛えており、咄嗟にもがくもあまりにも頼り無げで脱け出せず、眼前には鋭い刃物が血を求めるかのように揺らめいている。
「やめろ。そいつに手ェ出すな」
「素直に聞いてやるわけねえだろ! 馬鹿じゃねえのか! このクソガキどもにはひでえ目に遭わされてんだよ! ボコにした挙げ句俺の金を取りやがって……! 誰に手ェ出したか分かってんのかよ、あァッ!?」
現状では確かに分が悪く、切りつけられでもしたら大変なことになる。
下手に身動きを取れずにいると、輩に凄まれて怯えを滲ませていた少年がハッとした表情をし、初めて傍らを見上げているところを目にする。
「アレは俺達の金だ! お前の金なんて一銭も入ってないくせに! どうせその辺から取り上げたもんなんだろ! バチが当たって当然だ!!」
つい先程まで恐怖していたのが嘘のようで、余程我慢出来なかったのであろう少年はきっと睨み付け、捕らわれている身でありながらも果敢に食って掛かっている。
突然の変貌に驚き、予想外の展開に思考が置いてきぼりを食らうも、元々は正義感の強い奴なのだなと快く思う。
「なんだと、このガキッ! テメエ今の状況分かってんのか! 調子に乗ってっとマジでぶっ殺すぞコラァッ!」
「いたっ! 何すんだよ! たかがガキ一人相手に三人がかりでやって来たくせに偉そうに! お前らホント一人じゃなんにも出来ないんだな! 刺したきゃ刺せよ! そんな根性もないくせに……!! だからマガツなんて潰されるんだよ、ざまあみろ!!」
両者共に頭に血が昇っているようであり、周囲など見えない様子で言い合いを始めてしまい、腹から声を出したことで何か吹っ切れたのであろうか、灰我は一歩も引かずに残党と対峙している。
お陰で隙が生じ、意図せず少年が引き付けてくれている今が最大の好機であり、気配を殺して歩み寄りながらもなんだか笑えてきてしまい、面白い光景が広がっていると思う。
怒りで我を忘れて怖さなんて木っ端微塵になってしまったのか、本来の少年らしさを取り戻してうるさいくらいに大声で捲し立てており、終いには足を蹴ったりして大いに暴れている。
流石は泣き寝入りせずに立ち向かうだけのことはあり、過ちはあったけれども根はいい奴なのだろうなと思えてならない。
唐突に元気を取り戻し、ぐいぐいと攻め込んでくる少年に調子を乱され、輩は尚も乱暴に振る舞ってナイフを振りかざしながらも、薄っぺらな暴言を繰り返すだけにとどまっている。
「こんなガキすら自力で見つけ出せないくせに! 情報貰った分際で偉そうにすんな! お前なんて怖くねえぞ……!!」
「ンだとコラァッ! テメエただじゃおかねえ!」
遥かに華奢で、力も無さそうな少年に良いように扱われ、輩は次第に苛立ちを募らせて抑制がきかなくなり、カッとなって鈍い光を帯びているナイフを振りかざす。
流石に少年も驚きを滲ませ、口では強気な発言をしていながらも暴力で迫られては敵わず、咄嗟に身を強張らせて目を瞑る。
そうして幾ばくか過ぎ去り、待てども何の変化もないことが気に掛かり、恐る恐る目蓋を押し上げて映り込んできた光景に言葉を失う。
「よく言った。そういうわけだ。テメエらとっくに終わってんだよ」
忍び寄られていることにも気付かぬ哀れな輩は、振りかざした腕を掴まれてからようやく絶望的な窮地を知り、振り払おうとしても力強く握られていて脱け出せないでいる。
「は、離せ……! テメエこんなことしてただで……!」
「ただで済まねえのはテメエだよ。コイツに用があるんなら俺を通せ。まあ、コイツはテメエとなんて話したくねえようだから、ぶっ飛ばして終わりにしようぜ。いいよな……? 灰我」
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