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Digitalis
二人分の足音が控えめに響き、夢中で駆け上がって行った階段を下りながら、少しずつ賑やかな音色が耳に届いてくる。
それどころではなかったので気付けなかったが、屋上までは随分と段数があったようであり、思っていたよりも一階までの道程が長い。
会話は途切れ、何も話さない時間が続いており、正直なところどう接するべきか未だに迷っている部分はある。
それは灰我も同じだろうか、何にも言わないながらも傍らを歩き、明かすべきか否かを懸命に考えているのであろうか。
「今度……、一緒に遊んでよ」
「ん……? なんだよ、急に」
「遊ぶの? 遊ばないの? どっちなんだよ、もう! はっきりしろよな!」
「なんでお前から誘っておいてそんな偉そうなんだよ……。ガキのお守りなんてめんどくせえなあ」
「あ、またガキって言った! 俺はガキじゃないって言ってるだろ!」
「そんなに気に入らねえんなら、俺よりでっかくなるんだな」
「く~! 見てろよ! お前なんてすぐ追い抜いてやるんだからな!」
「へいへい、楽しみにしてるぜ。もし万が一にでも俺を追い越せたら、なんでも言うこと聞いてやるよ」
ふっと笑みながら歩を進め、足取りは軽やかに一階へと近付いていき、やがて再びゲームセンターが見えてくる。
先程までと何ら変わらず、賑やかな音が重なってはあちらこちらで人々が夢中になっており、騒動があったことすら知らずにゲームへと興じている。
とどまる理由はもう無いので素通りし、出入口を目指して様々なゲーム機を尻目に歩いていき、きちんと灰我が追ってきていることを把握する。
活気に翳りは窺えず、まだまだ帰ろうとはせずに謳歌している者ばかりであり、本当に色んな奴が居るものだと思う。
「ま、気が向いたら遊んでやるよ」
「なんだよそれ! うやむやにする気だろ!」
「それならいつがいいんだよ」
「いつ? いつって……、いつだろう」
「あ? ったく、なんなんだよ」
「そんな日、来ると思う……?」
新たに入店してきた者達とすれ違い、自動扉を抜けながら会話を続けていると、灰我が気になることを口走って眉を寄せている。
「灰我。お前……」
「つめたっ。あ、ポツポツ降ってきてる」
「あ~……、とうとう降ってきやがったか。早く帰んねえとな」
「ねえ、地下通って行こうよ! こっちこっち! 早く!」
外に出て声を掛ければ、ぽつぽつと雨が降り始めているようであり、灰我に言われて気が付く。
降るのではないかと思っていたが案の定であり、灰我が地下通路へと繋がっている階段を指差し、手招きしながら慌ただしく駆けている。
まだそんなに急ぐほどの天候でもないとは思うのだが、大人しく従って後をついていき、歩道の端から地下へと通じる階段を下りていく。
「そんなに急ぐ必要もねえんじゃねえの」
勢い良く駆け下りていく灰我を眺めつつ、そんなに慌てたら危ねえぞと思うのだが、言って聞くような者なら初めからしていないだろう。
此の身から離れたいわけではなく、下まで駆けていくと立ち止まって振り返り、大人しく辿り着くのを待ってくれている。
「遅い! おっさんだから仕方ないか!」
「おい殴るぞ」
程無くして合流し、灰我の頭を軽く小突きつつ、再び一緒に歩き始める。
夜であるからか、歩行空間はがらんとしていて人気が無く、何処と無く虚ろな静けさを漂わせている。
照明により何処までも明るいのだが、それでもなんとなく薄暗さを感じてしまい、他にも誰かが居ればもう少し捉え方も変わってくるのだろうか。
「さっきはなんであんなこと言ったんだ」
「え?」
「そんな日来ると思うって」
「あ……、それは」
「お前は……、何にそんなに怯えてる」
「なんにもないよ……」
「嘘だな。隠そうとしていながらも、お前は何処かで気付かれたがっている。違うか……?」
傍らにて歩いている少年を見つめ、あまり時間が残されていないことから、あまり気は進まないが此方から切り出してみようと試みる。
答えなければ仕方がないが、何もしないで眺めているよりはマシなような気がして、努めて冷静に灰我へと問い掛けていく。
隣では狼狽えて、言葉を濁して、それでも全てを突っぱねようとはせずに考えている様子であり、着実に心を開いてくれている。
「俺……、俺ね……。 あの時、あの後……、本当は……」
共に歩いていると、とうとう灰我が何やら決断したのか声を上げ、とても重大な秘密を明かそうとしてくる。
目前に躍り出て立ち止まり、つられて足を止めて少年を見下ろし、継がれるであろう真相を待つ。
歩いていないからか、先から向かってくる足音がはっきりと耳に入り、最初は気にしていなかったのだが珍しく誰かが利用しているようだと感じる。
あの時、あの後とは、少年達に襲撃された夜を示しているようであり、やはりまだ何かしらの事が起こっていたのだと思う。
近付いてくる足音を耳に入れ、人気の無い閉鎖された空間では明瞭に響き、灰我と視線を交わらせながら何を抱えているのだろうかと佇み、なんとなく先からやって来ているのであろう人物を眺めてみる。
そうして姿を視界に収め、ゆったりとした足取りで近付いてくる銀髪の青年を見据え、驚きの声すら最早出てこない。
予想外の人物ではあるが、現れたとして何ら不思議ではなく、灰我の唇から無理に聞き出す必要もなくなった。
「こんなところで君に会えるなんて嬉しいな」
「知ってて来てんだろうが。ようやくのお出ましかよクソ野郎。やっぱりテメエが糸引いてやがったな」
「さあ……、何の事?」
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