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Digitalis

にこやかに微笑みながらも、紡がれる言葉は何処までも冷ややかであり、歩み寄ろうとする気持ちは微塵も感じられない。 何を考えているのか全く分からず、視線を交わしていようとも一切読み取れず、彼は相変わらず優美なる佇まいで此の身を捉えている。 心なんていらないと、暗にそう告げながら微笑んでいる青年を前に、警戒を怠らずに睨み付ける。 本心など分からないが、理解を求めている割には腹の底を晒そうともせず、彼は尚も嘘を塗り重ねて周囲を翻弄している。 「相変わらず優しいね、真宮ちゃんは。あんなガキ一人の為にそこまでする……?」 「テメエこそ……、あんなガキ一人の為に何しやがった」 「そんなに怒ること……? それとも何、欲求不満で溜まってるとか……?」 「テメエの無駄口に付き合ってやる時間はねえんだよ。とっとと聞かれた事に答えろ」 血に染められている手へと視線を這わされ、未だ疼くような痛みに苛まれてはいるものの、そんな事には構わず拳を握り締める。 「俺にも……、おんなじ傷があるんだよ。真宮」 「だからテメエッ……」 「あのガキから受け取った傷だ。まさか真宮ちゃんまでそういうことするとは思わなかった。似ているのかな……? 俺達」 「テメエなんかと一緒にされてたまるか。そんな傷の一つがなんだ、そんなもんでテメエと縛り付けられても不愉快なだけだ」 負傷している手とは対の腕を上げ、かざされた掌には確かに痛々しく傷痕が残っており、鋭利な刃によるものと言われても何ら不思議ではない。 灰我との間に何があったのかは不明だが、一体どうしてそのような傷を受けるに至ったかは少し気に掛かり、少年に切られたとは考えにくい。 自ら手を差し伸べた可能性が濃厚だが、本当に真実を語っているのかは怪しいものであり、揃いの傷を刻んでいたとして嬉しくもなんともない。 「昨日今日会ったばかりのガキの為に、よくもまあそんな事が躊躇いもなく出来るもんだよなァ。ちょっと嫉妬しちゃった。お前は本当に……、不愉快なくらいにいい奴だよ。真宮」 「テメエに何を言われようが気分悪りぃだけだぜ」 「あんなガキを庇ったところで何になる……? 喉元を過ぎれば、お前への敬意なんてすぐにも掻き消える。お前のことなんてあっという間に忘れちゃうよ……? 其の身を傷付けてまで守ってやったこともな」 「そんなこと別に構わねえよ。忘れちまうくらいアイツが幸せならそれでいいだろ。こんな事いつまでも覚えてるべきじゃねえんだよ」 張り詰めた空気へと身を晒し、互いに真っ向から対立して言葉を交わし、間が空く度に静寂が訪れる。 他者を信ずる心など有らず、本当に彼は何者をも寄せ付けようとはせず、孤高へと其の身を委ねている。 群れへと属していながらも、自陣とは全く異なる関係を築いているようであり、信頼なんてものは何処にも存在していないのだろうか。 「そういう感覚……、俺には分からないな。まあ、満足に潰してやることも出来ねえようなテメエなんて、この俺に理解出来なくて当然か。お前さ……、あの時に何て言ったか覚えてる……?」 あの時、と言われて即座に思い出されるのはクラブでの一件であり、其所で交わされた言葉を一つずつ蘇らせていく。 「ガキどもの戯れを潰してやるんじゃなかったのかよ。あんまり可愛いボク達を見て気が変わっちゃったの……? 自分の言葉には責任持たなきゃ駄目だろ、真宮」 「言葉に責任だと? テメエにだけは言われたくねえ台詞だな」 「そうだね、俺は嘘つきだから。簡単に俺のこと信用しちゃ駄目だよ……?」 「安心しろよ。テメエに心なんて許すか」 一定の距離を保ち、互いに佇みながらも隙は見せず、言葉を交わしている間も出方を窺っている。 骸の処遇が気に入らないのか、やり方が生ぬるいと言いたげであり、ヴェルフェからしてみれば無傷で解放してやっているようなものであろう。 「あんなに元気そうにしているなんて、おかしいんじゃねえの……? 特にあのガキはアタマなんだから、もう少し厳しくお仕置きしてあげないと」 「もう十分だろ。アイツらは省みて行いを正そうとしてる。痛め付けることしか能のねえテメエらとは出来が違うんだよ」 「ぬりィなァ……。そんなだから簡単に捩じ伏せられるんだぜ? お前の手から離れたガキを……、俺がどうしようと勝手だろ。お前とだけ遊ぶなんてズルいじゃん」 「アイツに手ェ出すな」 「お前如きに決められることじゃねえよな……?」 本当に欲しているわけでもないくせに、一時の気紛れで哀れな少年が標的にされており、言って素直に聞くような相手ではない。 言葉で駄目ならもう残されている道は一つであり、力ずくでも少年から手を引かせるより他はない。 重苦しい雰囲気にて沈黙がのし掛かり、マガツなどとは訳が違う者を前に一筋縄ではいかず、油断が真っ先に命取りとなる。 「もう十分過ぎるくらい遊んだだろうが。マガツの残党を仕向けたのはテメエだろ。その為に奴等だけ生かしてたのかよ」 「ああ……、やっぱアイツらだけじゃ物足りなかったよな……? まだ身体が疼いて仕方ねえんだろ。俺が相手してやろうか?」 艶かしく舌を見せて笑い、尚も互いに出方を見極めながら向かい合っており、何の躊躇もなくマガツとの関わりを認めてくる。 すでに予想はしていが胸糞悪く、本当にコイツは何処までも裏切ってくれる輩だと思いつつ、妖しげな雰囲気を帯びている白銀を睨めつける。 「まだ何にもしてねえのにすでにボコボコになってたのが可笑しくてさァ、事情を聞いてあげたのが始まり。そうしたらとっても楽しそうなところに行き着いたから、そのまま利用させてもらったってわけ」 「テメエは本当に何処までもいけ好かねえ野郎だな」

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