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Digitalis※

あれから幾ばくかの時が過ぎ去り、目の前には当たり前に漸が居る。 屋内へと移動し、共に長椅子へと腰掛けながら相対し、何も語らぬ時間ばかりが過ぎていく。 外は雨が降っており、風を伴って窓を叩いている音が聞こえ、随分と荒れた天気になっている。 しっとりと髪を濡らし、湿り気を帯びている衣服を纏い、乾ききるにはもう少し時間が掛かりそうだ。 大人しく座っている目前では、伏し目がちに作業をしている漸が映り込んでおり、自分でもどうしてこのような事になっているのかが分からない。 「こんなもんでいいか」 複雑な表情を浮かべていると、紡がれた台詞に気付いて視線を向け、すぐにも綺麗に手当てが施された右手が映り込む。 つい先程までは、血塗れで痛々しく傷を晒していたというのに、今では包帯が巻かれていて汚れも落とされている。 いつしか血は止まり、多少の痛みはあれど何ら支障はなく、放っておけばすぐに良くなりそうだと思う。 漸の手からも血は一掃されており、相変わらず光沢を放っている指輪が嵌められ、治療に使われた一式を片付けている。 「余計なことしやがって……」 あのままではいられないと分かりつつも、素直に感謝を述べるには少々抵抗があり、ふいと視線を逸らしてぼそりと呟く。 大体どうしてこの男が、甲斐甲斐しくも手当てをしてくれているのかと不思議でならず、言動が全く理解出来ない。 有り難いけれど、丁寧な処置を施してくれたのは漸であり、このような一面は想定していない。 つい何か企んでいるのではと疑ってしまい、そのような胸中に振り回されることもなく彼は、手際よく後片付けをしている。 「あんなダラダラ血ィ流したまんまじゃいられねえだろ。素直に感謝しろ」 「う……」 「それにしてもお前さァ……、右利き?」 「あ? そうだけど……、ンだよ」 「ばっかじゃねえの。利き手で掴むとかアホだろ」 「ぐ……、ムカつくけど何にも言い返せねえ……」 「要領悪りぃよなァ。ねえ、バカなの? アホなの? どっちも?」 「くっそ腹立つ……」 包み隠さず馬鹿にされて腹が立つも、確かにその通りなので何にも言い返すことが出来ず、拳を震わせて怒りを静めるしかない。 考えるよりも先に手が出てしまう質なので、あの時は後々のことなんて考えられなかった。 ただ灰我を止めたい一心により突き動かされ、結果として少年から刃を払えたのだからそれで良いと思っている。 「テメエはどうなんだよ。似たような傷あんだろ」 「俺……? 俺は真宮ちゃんと違ってどちらの手でもいかせられるから大丈夫。そもそもそんなに深い傷じゃねえし」 「何の話だよ……」 「分かってるくせに。沢山してあげただろ……?」 「うるせえ知るか……」 顔を背けていると頬を撫でられ、恥ずかしさでどんどん熱を孕んでしまい、落ち着かせようと躍起になるほど裏目に出ていく。 指先を滑らせ、微かな感触がどうにもくすぐったくてたまらず、完全に遊ばれていて面白くない。 気を紛らわせるように室内へ目を向けると、あからさまに広々としたベッドが鎮座しており、清潔な白に包まれている。 宿泊施設であるのだから当然なのだが、気が紛れるどころか盛り下がっていくだけであり、どうしてよりにもよって漸とこんな場所に居るのだろうかと考えただけでげんなりする。 人目を避けなければいけない相手なので、閉鎖された空間で顔を合わせているのは良いのだが、密室で二人きりというのはなんだかとてつもなく気まずい。 今更気付いても後の祭で、注がれる視線を感じていても言葉が見つからず、拷問としか思えない時がゆったりと流れている。 「なァ、真宮……」 するりと首筋を撫でられ、恨めしくも過剰に反応を示してしまい、頬を染めて情けなく睨み付ける。 漸は微笑を湛え、何処と無く甘えるような視線を向けており、嫌な予感が纏わりついて離れない。 「一人でしてみせてよ」 「は……?」 あまりにも有り得ない言葉を発され、思考が急停止して目が点になるも、それで状況が好転するわけもない。 一拍を置き、何を求められているのか察して身の毛が弥立ち、手当てしてくれようがやはりこの男は最悪だと改めて感じる。 雨が降っているからだとか理由をつけ、このような逃げ場のない場所へと連れ込まれてしまい、元より拒絶を許されていないのだけれども素直には受け入れられない。 「何言ってんだテメエ……」 「俺の目の前で、よく見えるように一人でえっちなことしてみせてって言ってるんだけど」 「テメエ、何処までっ……」 「四の五の言わずにとっととやれよ。それとも何……? あのガキのことはもう放棄しちゃう? 俺は別にそれでも構わないぜ。お前がそれでいいならな……?」 「くっ……」 睨み付けても好転せず、漸は楽しそうに笑みを浮かべながら視線を寄越しており、このような事は絶対に受け入れられないというのに、言いなりになる以外に術が残されていない。 「早くしてくれない? 勿体振ってないでさっさと始めろよ」 「テメ……、こんな事してただで済むと思うなよ」 「低俗な悪役みたいな台詞吐くなァ。ねえ……、早く」 笑みが潰え、高圧的な視線を注がれて腹が立つのに、選ぶべき一手は最初から決まってしまっている。 苛立ちを込めて睨み付け、舌打ちをしながら観念して視線を逸らし、ベルトへと手を掛けていく。 どうしてこんなこと、と思っていても何の解決にもならず、自ら決めて行動を起こした結果であるのだから、如何なる要求であろうとも従順に呑まなければならない。 それでも容易く切り替えられず、とても視線を合わせるなんて出来なくて、せめてもの抵抗として目蓋を下ろす。 「ん……」 程無くして引き抜かれた自身へと触れ、俯きながら徐々に刺激を与えていき、さっさと終わらせてしまおうと努める。 だが手当ての施された利き手を這わせるのはなんとなく躊躇われ、左手で扱いている為にいまいち要領を得ず、焦らされているような疼きばかりが生み出されていく。

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