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まやかしの安寧
「手……、大丈夫なの?」
頬を膨らませ、ぷりぷりと怒っている灰我の頭を撫でていると、巻かれている包帯へと視線が及ぶ。
表情が翳り、おずおずと差し伸べられた手に触れられ、申し訳なさそうに見つめてはあの時の情景を思い返しているのだろうか。
つい今しがたまで笑っていたかと思えば、現在は心配そうに眉を寄せながら佇んでおり、未だに少年は自分のせいで怪我をさせてしまったと気に病んでいる。
「いつの話してんだよ、いい加減しつけえぞ」
「でも……、俺のせいで……」
「お前のせいじゃない。これは俺が勝手にしたことだ。いつまでもくよくよしてんじゃねえよ。お前が気に病む必要なんかねえんだから、な? これくらいすぐに治るんだよ」
「うん……」
しょんぼりしている灰我を前に、何を言っても気にしてしまいそうだなあと思いつつ、手触りの良い髪を優しく撫でてやる。
「ま、気に掛けてくれんのは嬉しいけどよ。ありがとな……」
少し困ったような表情を浮かべながらも、笑みを湛えて少年に触れていると、遠慮がちに見上げてきた視線と交わる。
すぐに逸らされてしまうも、照れ臭そうに頬を染めて唇を尖らせており、それでも心地好さそうに大人しく撫でられている。
「なんで今日は誘ってくれたの」
「約束したからな」
「ちゃんと覚えててくれたんだ……」
「当たり前だろ。あ、ナキツと有仁はちょっと遅れるらしいから、それまでは俺と二人きりで勘弁な」
「え!? 他にも誰か来んの!?」
「ん? ああ、そうだけど……?」
「え~!? 聞いてないよ! つかなんでまみ兄と二人きりじゃないんだよ!!」
「は? いやだってお前……、俺と二人きりで延々居てもしょうがねえだろ」
「なんで決め付けんだよ、まみ兄のバカヤロ~! 俺はまみ兄と二人きりが良かったのに!!」
「え? あ……、そうなのか?」
「当たり前だろ、まみ兄のバカバカバカ!!」
僅かな間に一体何回バカと言われたことか。
つい先程まで控えめな態度を見せていたかと思えば、今ではふんぞり返って不満を大いに露わにしている。
此方としては気を遣って、退屈しないようにナキツや有仁も誘っていたのだけれど、どうしてか灰我は二人きりで過ごしたかったようである。
有仁と趣味合いそうだから丁度いいと思ったんだけどな……。
あと目線の高さも一番近いしな……、て言ったら間違いなくキレられるな……。
「まあ、そう言うなって。二人ともいい奴等だから、お前も絶対好きになる」
「二人で遊びたかった」
「またいつでも遊べんだろ。それにほら、まだ暫くはアイツら来ねえから」
「俺はまみ兄のことが一番好きなの!」
「はいはい、ありがとな。機嫌直せって~、そんなに俺と二人きりが良かったのかよ」
すっかり機嫌を損ねてしまった灰我を宥めつつ、真っ向から好意を注がれて気恥ずかしいけれども嬉しく、今の自分にはあまりにも眩しく映り込む。
荒んでいく心を癒され、ただ純粋に求めてくれることに幸せを感じ、まだ自分は此処に居ても良いのだろうかと思えてしまう。
ゆっくりと歩き出せば、不機嫌そうにしながらも足を踏み出し、ぶつくさと文句を言ってもついて来てくれている。
ナキツや有仁をきちんと紹介するのは初めてだけれど、きっとすぐにも打ち解けられるだろうと思っているし、笑い合える輪が広がっていくのはとても良いことだ。
後ろめたい事ばかりで、ナキツや有仁とも本当は顔を合わせにくいのだが、だからといって隠れてもいられない。
一人になれば、余計なことばかり考えてしまう。
だからこそ合わせる顔がないと思っていながらも、一時でもあらゆるしがらみを忘れ、無条件に自分を受け入れてくれる温もりを求めてしまう。
卑怯だな……。
それでいて都合が良過ぎると過っていくも、表向きは少年と言葉を交わしながら笑みを溢し、大勢の人とすれ違いつつ外を目指して歩いている。
怪我も無く、年相応の笑みを浮かべて無邪気に振る舞う灰我を見て、日常を取り戻せて本当に良かったと思っている。
この手で、実力で取り戻したわけではないのにとうそぶく己を追いやり、こんな時まで邪魔をするのはやめろと抗っても思い悩む心は止まず、平然と歩を進めている裏側で醜い葛藤が少しずつ膨れ上がっていく。
今にも足元を掬われそうなのに、まるで何事もないかのように過ごしては笑い、まだ彼等を欺こうとしている。
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