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まやかしの安寧
「まあ、まみ兄と一緒に居られるし……、別にいいけど!」
「お、やっと機嫌直ったか……?」
「俺が大人の対応してやってんの! 感謝しろよな!」
「大人の対応って……、あれだけ散々喚き散らしておいてどの口が言ってんだよ」
「いいの! 特別に二人に会ってやってもいいぞ! 今日だけ特別なんだからな!」
「ふっ。お許しが出てくれて良かったぜ。アイツらもきっと喜ぶ」
「今度まみ兄んち行きたい!」
「ハァ? なんだよ、いきなり。ダメに決まってんだろ」
「え~!? なんでだよ、ケチ!」
「なんでも。お子様はあげてやんねえ」
「やだやだやだ! 遊びに行きたい! お泊まりしたい!」
「ああもう、うるせえな……。いつかな。いつか……、まあ、そのうち……、たぶん、気が向いたら」
「あ~! なんだよ、それ~! ひどいぞ!」
苛みは止まず、けれども同時に少年の存在によって救い上げられ、すぐにも手の届く場所にいる灰我へと触れて、今を噛み締めながら例えかりそめの平穏であっても大切にしたいと心から思う。
「まみ兄……?」
「ん?」
「なんか悲しいことあった……?」
「は? な~に言ってんだよ、バカ。まあ……、お前の背の低さは悲しむべきことかもしれねえけどよ……」
「む! またそういうこと言う! まみ兄のバカもう知らない! 俺そんなにちっちゃくねえのに!」
「アレ? 大人の対応しねえの」
「俺子供だもん!!」
「うわ……、ズリィな……」
「うるさい、うるさい! 子供なんだから優しくしろよな! 大声で泣いちゃうぞ!」
「あっそ。知らね。付き合ってらんねえ。勝手にやってろ」
「うわ~ん! なんだよバカ~!」
時おり鋭く心情を読み取ってくる少年を前に、取り繕いながら身を寄せ合って歩いていき、そんな風に見えてしまったのかと反省する。
ごまかすようにそっぽを向いて、騒いでいる灰我を傍らに歩を進め、一体いつまで脳裏へとこびりついていくのだろうかと悲嘆しても絶えず、着実にこの足は深みへと填まっているのだろうか。
せっかく好み、一緒に過ごして笑顔を見せてくれているのに自分は、上の空であの男の事ばかり考えている。
後どれだけ過らせれば解放される……?
潰さねば解放されない、勝てるのか、抗えるのか、もう幾度となく流されているのに……?
止まない、ぐるりぐるりと巡っては途切れず、次第にずぶずぶと足を取られてうずもれていく。
それでも隣には、そのような暗鬱を吹き飛ばしてくれる笑顔があり、こんな小さな少年が頼もしく見えてくる。
穏やかに蝕まれていく心を繋ぎ止め、からかいながら小突けば唇を尖らせるもすぐ笑顔になり、本当に嬉しそうに過ごしてくれている。
こんな事ではいけない、もっと強くならなければと叱咤して、元気を分け与えてくれる少年を見つめる。
「ありがとな……。灰我」
「え? な、なんだよいきなり」
「照れんなよ。ホント……、ありがとな」
「う、うん……。なんか変だよ、まみ兄」
照れている灰我へと笑い掛け、ナキツと有仁がやって来るまで何をしようかと思案しながら歩いていく。
今だけの平穏であっても、またすぐにも心を揺さぶられるのだとしても、好いてくれている少年の優しさにじんわりと包まれながら、共に過ごす一日が動き出している。
面子が揃えばまた、更なる賑やかさで包まれていくのであろう。
今はただその明るさに救われ、包まれていたい。
束の間でもいい、苛む葛藤から少しでも長く、此の身を引き離してしまいたかった。
《第二部 終》
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