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孤高のカタルシス

「夢……」 分かりきっていても、言い聞かせるように唇からは滑り落ち、禍々しき安息から解放されていることを徐々に理解していく。 少しずつ落ち着きを取り戻し、次第に鮮明さを増して映り込み、思考へと降りかかっていた靄が晴れる。 そうして自分が、ソファへと横たわっていることに気が付いて、こんなつもりではなかったのにと眉根を寄せる。 眠ろうとして横になったわけではないのに、いつの間に向こう側へと堕ちてしまっていたのだろう。 疲労が溜まっていたのだろうか、何にせよこれではますます蓄積されていくだけであり、とてつもなく嫌な光景へと晒されたことによって吐き気がする。 「……苛つく」 溜め息混じりに呟いて、気だるそうにゆっくりと身体を起こす。 とくとくと、鼓動はだいぶ静けさを取り戻し、いつしか呼吸も平静さを保っている。 背凭れへと半身を預け、それからなかなか動こうとはせずにぼんやりとし、何を思うこともなく視界へと収めている。 痛々しい程の静寂が、何ものをも受け入れられない領域にて蔓延り、それでも彼は心地良さそうに瞳を閉じる。 さらりと銀髪が揺れ、同色のピアスは鈍く輝きを帯び、造りもののように整った顔立ちを彩っている。 「誰なんだよ、お前は」 双眸へと光を宿し、耳元にて囁いてきた何者かへと思考を巡らせ、誰に聞かせるでもなく独白する。 夢であり、現実ではなく、脅かされる要素なんて皆無であるのに、どうしてあんなにも不快感が背筋を這い回り、なり振り構わず逃げ出してしまいたい程の焦りを感じていたのだろう。 死んでも恐怖に取り付かれていたなんて、認めたくはないので決して口にはしたくない。 今でも思い出せる、本当に夢であったのかと思うくらいに鮮明で、吐息混じりに囁かれた一瞬だけで身の毛が弥立つ。 途中までは、見慣れた夢であったというのに何故、がらりと世界が変わってしまったのだろう。 覚えがあるからこそ、あんなにも現実味を帯びて現れていると思うのに、羽交い締めにしてきた人物に心当たりがない。 時おり飛び込んでくる見知らぬ名前と、シキと関係があるのだろうかと思っても、結局は何の答えも見出だせずにただただ時間を浪費していく。 考えても無駄だ、何度言い聞かせてきた言葉であろう。 堕ちる度にこんな夢ばかり見せられて、いい加減頭がおかしくなりそうだ。 「まともなつもりかよ」 とっくにおかしいだろ。 溜め息と共に前髪を掻き上げてから、立ち上がって室内を歩いていく。 何をする気にもなれず、ふらついた足取りで台所へと赴き、冷蔵庫を開けてペットボトルを引っ掴む。 喉が渇きを訴えており、蓋を開けてからごくごくと流し込み、冷えた水によって満たされていく。 そうしてまた、凭れ掛かってぼんやりと視線を滑らせ、がらんとした部屋が映り込んでくる。 欲しいものも無い、虚しさを感じてしまうだけだから。 静寂にいだかれながらゆっくりと瞬きをして、安らいだ一時すら許されない身体は、いつからか浅い眠りしか招こうとはしない。 すっかり慣れてしまっているから別にいい、けれども時おり隙を突かれて悪しき夢に囚われていく。 何の為に見せられているのかも分からない、ただの夢を恐れているようで気に食わない。 「黙れよ、うるせえな……」 静かに思考を黙らせて、ペットボトルを持ったまま足を踏み出すと、元の場所に戻ろうと歩いていく。 いつもの夢であれば、別に耐えていることも出来たであろうに、どうして変化を遂げてしまったのだろうか。 阻んだはずなのに、すでにまた別の事を考え始めており、今までに登場していなかった人物が突如として現れたような気がする。 「真宮……」 言ってから後悔し、けれどもあの時に佇んでいた彼はきっと、顔を見ずともそうなのであろう。 誰かを思い浮かべることを、考えることを責めるように、拒むように、怖がるように、あのような暗澹(あんたん)たる光景が深層心理にて広がっていったのだろうか。 「意識している……? 俺が、アイツを……?」 あの苛つく男を……? ちり、と明確な答えを見出だせない感情が燻り、土足で意識へと踏み込んでくる存在に苛立ちが増す。 先に手を出したのは自分であるのに、代償とばかりに彼の姿がちらつく。 悪辣の数々が、まるで彼を手繰り寄せたいが為に行われてきたようで、勝手にこじつけるなと反発する。 ペットボトルを片手に、再び腰掛けようと近付けば、何処からか音が聞こえてきて視線を向ける。 無機質に受信を知らせ、何処に置いていたっけと僅かに思案し、背凭れへ無造作に掛けられていた上着へと手を差し伸べる。 物入れから携帯電話を探り出し、画面へと親指を滑らせてメッセージが届いていることを知り、そこには画像が添付されている。 先程までの様子は消え、操作しながらペットボトルをテーブルへと置き、ソファに腰掛けて投げ掛けられた情報に集中する。 「一崎 刻也(いちざき ときや)……。ディアルの元アタマ……」 そういうことか……。 調べるという矛盾した行為には閉口し、真宮の唇から滑り落ちた何者かの正体を知り、納得する。 添付されてきた画像には、本人であろう姿が映し出されており、何処と無く真宮と雰囲気が似ているような気がする。 季節は夏であろうか、当人の知らぬ間に撮られたのだろう一枚に、彼が何故あそこまで頑なに唇を閉ざそうとしたのかがよく分かる事が載っている。 「同じ……。アイツと……」 あの人と同じ、彼は確かにあの時、快楽へと押し流されながらも紡いでいた。 同じ、確かに映し出されている人物の右腕には、あの夜に晒した同一の証が彫られており、胸の奥底でチリ、と新たな火種が燻っていく。 揃いの証を入れている二人の間には、一体何があるというのだろう。 興味がない、それなのに刻也という人物を調べ上げ、辿り着いた事柄に正体不明の淀んだ感情が渦巻いている。 真宮の前に統べていたということは、刻也によってもたらされている現在であり、さぞや親密な仲なのであろう。

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