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孤高のカタルシス

事も無げに見つめながらも、刷り込むように脳裏へと焼き付けており、一崎 刻也という人物を記憶していく。 一体何の為に……? 浮かび上がる問い掛けには答えず、真宮よりも幾分か大人び、色艶を孕んでいる青年を淡々と見つめ、揃いの印を刻み付ける程の絆に全く共感が出来ない。 彼等が入れた時期によっては事情が変わりそうだが、あの時の台詞から察するに真宮が後を追う形で、すでに彫られていた刻也の証を真似たのだろうか。 それほどまでに、真宮は刻也という男を意識し、倣うくらいに好意を抱き、計り知れぬ時を共に過ごしてきたというのだろうか。 「だから何だって……?」 詳細を知れたところで、もう用は無いとばかりに待ち受け画面へ戻すと、テーブルにでも置こうと腕を伸ばす。 すると、今度は着信を知らせる音が鳴り始め、鬱陶しそうに眉を寄せながら手元へ寄せる。 そうして発信者を一瞥してから指を滑らせ、耳に当てながらソファへと凭れ掛かる。 『俺だ』 「何か用?」 『今から時間はあるか』 「なにそれ、俺と二人きりでデートでもしたいの?」 『答えを聞かせろ』 「せっかち。いいよ……? ヒズルからのお誘いなんて珍しいし、付き合ってあげる」 『自宅か』 「うん」 『迎えに行く』 「は~い」 掛かってきたかと思えば、程無くして通話は終了し、相変わらず淡々とした男である。 予定を窺ってきた理由が一切明かされていないのだが、いずれ知れる事であろうしどうでもいいかと暫し腰掛け、どれくらいで来るのかも言ってねえよアイツと思う。 急遽出掛けることになり、それは別に構わない。 此処に居たところで、安らぎを得られる場所とも初めから思っていない。 一体何の為に連れ出そうとしているのか不明だが、到着までには多少時間が掛かりそうなので、腰を下ろしたまま先程のやり取りを思い起こす。 電話であろうが、直に会っていようが、感情の機微が全く窺えない男であり、腹の底を探る対象としては最も難航しそうである。 しかしながらああ見えて、意外と面倒見のいいところがあるようで、ヒズルを好み、慕っている者はヴェルフェでも数多く居り、古参であればあるほど強く支持されている。 実質、ヴェルフェを纏めているのはヒズルといっても過言ではなく、だからこそ入れ替わりの激しい群れでも統率がとれている。 十分な器を持っているはずなのだが、支配しようとは微塵も考えていないらしく、現状の立場が彼にとっては一番やり易いのであろう。 「まあ……、お陰で俺も好き勝手出来てんだけど」 ぼそりと呟き、血の気の多い連中を思い浮かべながらも、仲間意識と呼べるような感情は抱いていない。 其処へと辿り着いたのはたまたまであり、心から欲して鳴瀬を追いやったわけでもなければ、ヴェルフェという集団に大して興味もない。 ただ、手元に置いておけば後々の自分にとって都合が良く、使い勝手が良さそうであったから。 鳴瀬のやり方に反発を抱いていた者を中心にじわじわと牛耳り、舐めてかかる者は容赦無く力ずくで這いつくばらせ、現在の確固たる地位を手に入れていた。 だが執着は無いので、別にいつ離れようが構わないのだが、今のところは座へと収まり、彼等との不穏な日常をそれなりには楽しんでいる。 それもこれもヒズルが彼等を上手く操作してくれているから、という部分が大きいのかもしれないが。 「行くか」 鳴瀬を陥れようとしていた時も、ヒズルは全く反抗する事もなく一言そうかと告げて、流れに身を任せながらすぐにも順応する。 新たな者が座を奪おうと彼に持ち掛けても、きっとヒズルは同じ反応をするのであろうか。 それはそれで退屈しのぎにはなりそうだと思いながら、そろそろ外へ向かおうかと立ち上がり、背凭れに掛けていた上着を掴む。 漆黒へと袖を通しつつ歩き、灯りを消して玄関へと向かっていく。 靴を履いている間に着信が入り、出ればヒズルから着いたと告げられ、返事をすればすぐにも通話は途絶える。 案外早かったなと思いながら扉を閉めて歩き出し、ヒズルの元を目指して向かっていく。 高層階であるので、程無くしてエレベーターへ辿り着くとボタンを押し、然して待つこともなく無人の匣が口を開く。 乗り込んでから一階を示し、閉まっていく戸を眺めながら後退し、暫しの時を壁へと凭れて過ごす。 降下していく独特の感覚に纏わりつかれ、待ち人も居ないようで止まることもなく落ちていき、瞬く間に階数が変わっていく。 此処を知っている者はヒズルしか居らず、つまり彼は今一人である。 意図は読めないし、弄ばれてやろうかと思いながら佇み、やがて一階へと辿り着いて静かに視界が開けていく。 靴音を響かせ、人気のない正面玄関を歩いていくうちに彼の姿を発見し、黒髪の男が夜陰に紛れて此の身を待っている。 相変わらず表情は無く、気が付いたのか視線を寄越して目が合い、外に出るとすぐにも眼前には彼が立っている。 「お待たせ」 「ああ」 微笑み掛けると、ぶっきらぼうに返してからくるりと反転し、先にてうっすら見えている黒塗りのワンボックスへと向かっていく。 大人しく後を追い、思っていた通り彼は一人で訪れており、目の前を長身の青年が歩いている。 今宵も首筋へと揺らめきを飼い、そういえばコイツも彫っていたなと思いながら歩を進め、今ではすっかり見慣れている車に近付いていく。 「で……? 俺を独り占めにして何するの?」 微笑を湛え、乗り込みながらヒズルヘ話し掛けるも、すぐには解答を得られない。 視線を注いでいる間も、彼は淡々と乗り込んでから始動までを緩やかにこなし、動き出してからようやくヒズルが問いへと意識を向けてくる。 「摩峰子に押し付けられたものを消化する」 「は? 何それ」 言われたところで何の事か分からず、早く言えよと眉を寄せているとヒズルが何かを差し出してくる。 「ハァ……? お前、マジで?」

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