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孤高のカタルシス

受け取ってからしげしげと見つめ、あからさまに嫌そうな声を発するも、当たり前にヒズルの態度は変わらない。 「どうしても行けなくなってしまったからと押し付けられた。穴を開けることは許されないそうだ」 「そんなの俺には関係ねえと思うんだけど」 「そうだな。俺にも関係のない話だ」 闇夜を駆け抜け、目まぐるしく変化していく景色を尻目に、暗がりにて持たされている紙片が二枚。 日時は今日、開演時刻をすでに過ぎているライブのチケットであり、これは予想していても当てられなかったなと思う。 それにしても何故、どうしてそんなものにこれから行かねばならないのかとうんざりし、盛大に溜め息をつきながらチケットを見下ろす。 「なんで俺なわけ……? エンジュは?」 「興味ねえ、と一蹴された。それよりも肉を食わせろと騒いでいた」 「憂刃は……?」 「僕は漸様にしか興味ない、と言っていた」 「ナギリ……」 「憂刃の答えがナギリの意思だ」 「それで俺……? つうか俺に聞くのは最後かよ。後回しなんて酷くねえ?」 「まさかお前が釣れるとは思わなかったからな」 全く気乗りしないけれど、すでにあらかたへと声を掛けてから辿り着いていたことを知り、不満げに唇を尖らせながらヒズルを見つめる。 真っ先に聞かれようが、後回しにされようが結局答えは一緒なのだが、我が儘な言動を放ったところで彼の調子は狂わされない。 信号待ちへと差し掛かり、停車してからおもむろにヒズルが煙草を取り出し、運転席の窓を開ける。 彼の横顔と共に、夜の街並みが視界へと収まり、涼やかな空気が控えめに流れ込んでくる。 見つめられていようが構わず、淡々と咥えてから火を点けて、車が動き出すと紫煙が風に浚われていく。 出会いから今まで、全く態度が変わらないので面白いどころかつまらないが、彼は黙々と目的地を目指してハンドルを握っている。 「先に用件を言えよな」 「特に聞かれなかった」 「聞かれなくても答えろよ。あ~あ……、分かってたら絶対来なかった」 「まあ、そう言うな。たまには付き合え」 「なんでこれなわけ? そもそも俺よく知らねえんだけど。誰だよ、コイツ」 「摩峰子が乙(きのと)のファンだ。この前ゾディックにも来ていただろう」 「乙……? 乙……。て、それは別にどうでもいいんだけど。ファンってお前、そういう奴が何人いるんだよ。この前までは確か別の名前を連呼してただろ」 「一人になんて絞れない、と前に言っていた」 「あっそ……。もういいや、めんどくせえ……」 逃れられそうにないので諦め、面倒な事を押し付けやがってと視線を逸らすも、別に激昂するほどの案件でもない。 そういえばこの前、確かにクラブへとやって来ていたバンドがいたなと思い起こすも、結局は殆ど彼等の舞台を見てはいなかったので極めて印象が薄い。 真宮と会った時か……、と余計な記憶まで呼び覚まされてしまい、何とはなしに外の様相へと視線を滑らせる。 「適当に行ったって嘘つけばいいのに」 「特に予定も無かったからな」 「俺にまで振られてたらどうしてたわけ……? 一人寂しく行ってたの?」 「その時はまた他を当たればいいだけの事だ」 「お前って……、意外とお人好し?」 「さあな。自分の事はよく分からない」 「俺もお前のこと全然分かんない」 「その言葉、お前にも返しておいてやる」 歩行者を眺めながら声を掛け、押し付けられても無下にはしないなんて相当のお人好しであると思うのだが、相手が摩峰子ではあまりぞんざいにも出来ないかと思考を巡らせる。 「乙って、どんな奴……?」 「確かボーカルだ」 「ふうん……、そんなにいいもんなの……?」 「安易に愛だ恋だと歌わないところがいいと、摩峰子が力説していた」 「何あの人、荒んでんの……?」 「他にも色々と言っていたが、後は聞き流したので覚えていない」 まあ、少しくらいなら見てやってもいいか……。 どうせ行かなければならないようなので、摩峰子のお気に入りとやらがどんなものか一目見てやろうと、移り変わる景色を眺めながら会場を目指していく。 時刻はまだ、19時を過ぎたところであり、行き交う人波も多く、夜とはいっても街は活気に満ち溢れている。 意外とそう大して遅い時間ではなかったのだと気が付き、こうして外に出ていなければ未だに察していなかったかもしれない。 なんであんな夢見たんだろ、と思いながらぼんやりと視線を注ぎ、会話が途切れた車内は静けさに包まれている。 時おり方向指示器を立ち上げる音が聞こえ、あまり主張をしない走行音が長らく続いていき、数多の車と共に夜道を流れていく。 「ところで、その怪我はどうした」 「ん……? なんの事」 「口元を怪我しているだろう。誰にやられた」 「さあ……、誰だろ。お前には関係ない」 暫しの静寂を経て、出会った時から気付いていたのであろう怪我へと、ヒズルが声を掛けてくる。 とぼけてはみたものの、しっかりと傷付いている為に何かがあったことは明白であり、淡々としてはいるが放っておいてはくれないようだ。 「まさか真」 「違うって」 「まだ言い終えていないんだが」 「違うよ……。お前が思い浮かべているような奴じゃない」 「猫に引っ掛かれたとでも言うつもりか」 「ダメ……?」 「憂刃はそんな事では引かない。血相を変えて騒ぐぞ。俺の手には負えない」 「まあ、それもそれで面白そうだけど……? 憂刃ちゃんは、俺の顔が大好きだからなァ。こんなのすぐに消えるのにね」 微笑を湛えながらするりと手を伸ばし、口元へ触れて傷口をなぞる。姿がちらつく。 明かしても何の問題も無いはずなのに、咄嗟に名を伏せてははぐらかすような言動を続けており、自分でもよく分からない事をしていると思う。 外へ視線を向けたまま、すりと控えめに傷口を擦っては、彼の姿が脳裏へと蘇る。 鬱陶しくて仕方がないのに、気が付くとこうして鮮明に肢体を映し込んでおり、一体何がそこまで駆り立てるのだろうかと考えたところで分からず、そんな事は別にどうだっていいはずなのだ。

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