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孤高のカタルシス
意識を囚われるなんて、有り得てはならない事だ。
壁へと凭れながら、一様に舞台へ熱視線を注いでいる後ろ姿を見つめ、そうしている間にも重厚なサウンドが滑り込んでくる。
数多を魅了し、惹き付けている青年は相変わらずマイクを片手に、煽動者として昂然(こうぜん)と君臨している。
人々の心を捕らえ、多大なる影響力を与えながら独自の世界観へと浸り、惜しみ無く凛とした歌声を絶えず届けている。
琥珀色の髪を振り乱し、腹の底から発しているであろうことが窺え、動きにも切れがあって力強く、仰々しい立ち居振舞いも自然と様になっている。
二度と会うこともないであろう、名も知らぬ者達で犇めき合う箱庭にて佇み、薄暗がりで彼等の世界へと暫しの時を混ざり込む。
辺りはよく見えないけれど、なんとなく視線をさ迷わせながら観察し、不意に壁際へと目を向けてから一瞬思考が動きを止める。
「真宮……?」
視線の先には、同じように壁へと凭れ掛かっている男が居り、腕組みをしながら静かに佇んでいる。
闇に紛れていても、離れていても映り込む姿には見覚えがあり、間違いなく本人であろうことが窺える。
どうしてこんなところに、とは思うものの別段不思議ではなく、彼が此処を訪れていようが何ら不審がる点なんて無い。
此方に気付いている様子は無く、前だけを見つめて口を閉ざしては、何処と無く憂いを帯びた表情を浮かべている。
一人であろうか、それとも連れがいるのだろうか。
彼の周囲に人は居らず、単独であるのかは判断しかねるが、今この瞬間は孤独へと身を浸らせている。
ずっと其処に居たのだろうか、見知った顔に出会すとは露程も考えていなかっただけに、真宮が居る可能性なんて全く思いつきもしなかった。
「なんで、お前が······」
紡いだ先から掻き消され、唐突な出会いに少なからず戸惑いを感じるも、視線を注いだまますぐにも落ち着きを取り戻す。
放っておけばいい、特に用事なんて無いのだから。
それなのにどうしてか辺りの様子を窺い、誰もが舞台へと視線を注いでいることを確認し、側に仲間の気配が無いかを探っている。
青年は身動ぎもせず、時おり考えるように視線を下ろしながらも、その場から離れようとはせずに立ち尽くしている。
お前は今、何を考えている。
夢にまで押し入り、何度振り払おうとも執拗に纏わりついてくるくせにお前は、一体何処の誰を思い浮かべながら其処へと今佇んでいる。
誰の影を追い求め、今にも縋ろうとしている。
そろそろヒズルが着くかもしれないというのに一歩を踏み出し、落ち着いているとは言い難い行動へと移っていく。
誰が居るか分からない、何処に目があるか分からない、安易な言動は避けろと警鐘が打ち鳴らされているのに、佇んでいる彼の姿が徐々に近付いてくる。
そうして手を差し伸べ、腕を掴めば初めて彼が視線を向け、案の定驚いた表情を浮かべている。
次いで直ぐ様辺りへと視線を巡らせ、どうやら他に連れがいるらしいことを察するも、構わずに腕を引いては無理矢理に歩かせ、言い様のない感情を波打たせながら彼を浚っていく。
漸、と呼ばれたような気がしたが掻き消され、抵抗を試みるも目立つような行動は控えたいのか、最終的には大人しく手を引かれてついてくる。
来た道を戻り、次なる曲が始まっている会場を抜け出し、少しだけ盛り上がりが遠くに聞こえる。
扉から離れ、後ろから声を掛けられても無視をして、一言も紡がずに彼の腕を掴んで歩く。
ヒズルと出会すこともなく、自分にしては有り得ないくらい衝動的に彼を連れ出しており、やがて辿り着いたトイレの個室へと力ずくで押し込める。
よろめく真宮を前に、扉を背にして立ちはだかりながら施錠をし、共に居てはならない存在と自ら密室へ閉じ籠もる。
「どういうつもりだ、テメエッ……」
「まさかこんなところで真宮ちゃんに出会えるなんて、運命かな」
「気色悪りぃこと言ってんじゃねえ。とっとと其処をどけ」
食って掛かる青年を前に、扉へと凭れながら微笑を湛えて黙り込むと、彼が痺れを切らして胸ぐらを掴んでくる。
端正な顔立ちに苛立ちを湛え、何度でも怯まずに真っ向から挑んでくる青年が、今は自分だけを双眸へ宿している。
「一崎 刻也さんと一緒に来たの……?」
口角をつり上げ、落ち着きを失っている彼へと声を掛ければ、一瞬にして両の目を見開いて言葉を失う。
見るからに戸惑い、動揺を隠しきれない様子であり、唇を開きながらも紡ぐべき台詞が見つからないでいる。
可哀想なくらいに混乱し、視線を合わせたまま硬直している男から、つい先程までの荒々しさが潰える。
「お前……、何処まで知って……」
「かっこいい人だよなァ。彼の影響をたっぷりと受けてるんだね、お前は……」
にこりと微笑んでから、目前にて焦りを滲ませている様を見つめ、何の気なしに頬へと触れる。
すべらかな肌を擦り、くすぐるように指を滑らせていると、彼は視線を泳がせて困り果てている。
「早く戻らないとな」
「ならとっとと其処をどけ……」
「そうだなァ……。お前が大人しく言うことを聞いてくれるなら、連れにも怪しまれずに戻れると思うけど……?」
「テメエ何言って……」
「分かってるだろ? なァ、真宮……」
含むような物言いで、感じやすい首へと触れる。
瞬時にひくりと反応を示し、何を求められているのかようやく察した彼の頬に朱が走り、恨めしそうに睨んでくる。
連れ込まれた時点で気付けよ、とは思いつつも楽しそうに笑みを浮かべ、思わぬ場所にて収穫があった。
あまり長居はしていられないが、未だ会場からの盛り上がりが聞こえてきており、もう暫くは非日常の一時が続いていくことであろう。
そんな事には最早興味を示さず、葛藤を抱えて視線を逸らしている青年を映し、燻る感情へと宿る火種が徐々に肥大していく。
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