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孤高のカタルシス※

「なんで……、お前がこんなところに……」 視線を逸らされ、複雑な心境を湛えながらぼそりと呟き、突然の事に困惑している様子が窺える。 思えば、普段の彼を間近で見つめられるような機会は殆ど無く、まじまじと観察出来る展開になんてまず成り得ない。 大抵は喧嘩へと発展するか、快楽に押し流されている姿ばかりが印象に残り、日常を生きている彼をよく知らないでいる。 何が好きで、何が嫌いで、何を考え、どのように生きるのか。 今更ながら分からない事ばかりで、それなのにもう何度も身体を重ねては、口付けを交わしている。 「意外……? まあ俺も、こんなところでお前に会えるとは流石に思わなかったよ。やっぱり相性がいいんだろうね」 「ふざけるなっ。誰がテメエなんかと……」 「ナキツと有仁あたりかな、一緒に来てるんだろ……? 真宮ちゃんて、あのバンド好きなの?」 「お前には……」 「関係ないって……? それならお仲間が探しに来てくれるまで一緒に居ようか。別に俺には、お前の事情なんて関係ないし」 「テメエ……」 「ヒズルが来る。もう来てるかもしんねえけど。一緒に居るところを見られたら、お互いにややこしいことになりそうだよなァ」 「だったら早く……」 「せっかく会えたのに勿体無い。何を求められてるのかもう分かってるんだろ? やらせてよ真宮……」 色艶を孕んで囁き、頬へと触れて端正な顔立ちを見つめると、真宮は眉を寄せて視線を泳がせる。 退路を絶たれ、かと言って素直に応じられるわけもなく、目前にて頭を悩ませながら立ち尽くしている。 相変わらず胸ぐらを掴まれてはいるものの、集中力を削がれてとうに緩んでおり、今では殆ど触れているだけの状態になってしまっている。 「ダメ……?」 「当たり前だろっ……」 「真宮とえっちしたい、ていう意思はちゃんと伝わってるんだ。物分かりがよくなっちまったもんだよなァ。何をされるのかももう過ってる……?」 「テメエ、いい加減に……」 「出ていきたければ、応じるしかねえんじゃねえの? 騒ぎは起こしたくないんだろ? 長居して誰かが入ってきても困るし、忽然と姿を消したお前を心配する奴もいるだろうし……。お前になら、賢い選択が出来るよな……?」 追い詰めていく程に、彼からは見せかけの平静さすら失われていく。 立場としては同じであり、勘の鋭いヒズルを側に置いておきながら、自ら首を絞めるような事態を招いている。 長居は出来ない、いつまでも行方を眩ませてもいられない、黒髪の青年は常に周りをよく見ている。 どうして自分からリスクを背負うような真似をしているのか分からず、面倒な状況を呼び寄せてしまう可能性が少しでもあるなら、手を差し伸べるなんて冗談でもしないはずである。 よりによって敵対者を浚って、このような場所へと閉じ込めて、そうして自分は何をしようとしている。 真宮が居ることを知られたら、それだけでも疑惑の種が芽吹いていく。 全て分かっていて、気が付かない振りをして、深みへと堕ちかけていようが構わず、それでも目前にて佇む男を選ぶのか。 「左腕のそれ、刻也さんとお揃いなんだって……? 過去にディアルを統べていたそうだな。今は何をやっているんだっけ、確か……」 「気安くあの人の名前を呼ぶな。テメエには関係ねえ事だろ」 「お前が軽はずみに名前を言っちゃうからじゃないの? そんなに大事な人なら、初めから言わなければいいのに。お前の無責任さを棚に上げて、俺が悪いって……?」 「それは……」 「お前が売ったんだろ? 私欲を優先して大事な人を」 大事な人、という言葉を自ら紡いでおいて、またしても名を知らぬ感情の火種が燻っていく。 鋭利な刃で傷付けるように、彼が罪悪感に苛まれるように責めれば、瞳が揺らいで目に見えて狼狽えている。 こんな事で簡単に動揺するなんて、さぞや彼にとって大切な者なのだろう。 暖色に照らされ、人気のない密室にて相対し、遠くに歓声が聞こえる。 整髪料で軽く立たせている髪は、艶やかに光を帯びていて褐色であり、精悍な彼にはよく似合っている。 再び視線を逸らされ、傷付いたような、思い詰めているような表情を浮かべて佇み、真宮が口を閉ざしている。 弱みを握られているような心境なのか、無理矢理にでも此処から抜け出したいと思いながらも、衝動をぐっと堪えて感情を整理しているのだろうか。 窺うように首筋を撫でれば、堪え忍ぶように眉を寄せて目蓋を下ろし、ひくりと僅かに身動ぐ。 「真宮」 静かに呼び掛けると、ゆっくりと目蓋を開いてから視線を寄越し、何も語らずに暫し目が合う。 笑みは消し、するりと彼の唇を指で撫でてから、僅かに口を開いて舌を覗かせる。 求められている事を察し、真宮の表情が更なる動揺で彩られ、ぐっと唇を引き結ぶ。 どうして俺がそんな事を、とは思いながらも逃れられずに、視線を泳がせて懸命に手立てを探している。 逃げ場なんてない、そんなもの最初から用意していない、手放す気なんて更々ない。 髪に触れ、やがてどうにも出来ないと悟った彼が諦めたように、悔いるように、葛藤を交えながらも悩める視線を向けて、遠慮がちにゆっくりと微かに唇を開いてくる。 もう何度も交わしているというのに、未だに彼からは恥じらいが消えず、獰猛な一面は翳って大人しくなっている。 「ん……」 促されるままに顔を近付け、控えめながらも従順に舌を差し出してきたのを機に、触れ合えばねっとりと絡ませて熱い口内へ入り込む。 「ん……、んぅ」 丹念に舌を絡ませ、唾液を混ぜ合わせながら首筋を擦ると、鼻にかかった吐息を漏らして身を震わせる。 総じて感じやすい身体は、快感に脆く流されやすい為に、すぐにも彼の思考を蕩けさせていく。 優しく髪を撫で、甘やかすように唇を重ね合わせ、深く絡み付いては離そうとしない。 「んっ、は……、あ」 息遣いが漏れ、くちゅりと音を上げながらじんわりと熱が生じ、淫猥な空気が何処からともなく現れてくる。

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