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安息のクレマチス
「俺は……」
伏し目がちに、傷付いた表情を浮かべながら吐露するも、後に紡がれるべき言葉は見当たらない。
静寂に包まれ、窓からの景色も視界へと入らないまま、鳴瀬が居るであろう病室を目指して歩いていく。
このような状態で会って、一体何を話そうというのだろう。
無理矢理に他愛ない話題へとすり替えても、彼が望んでいる題目はもっと違うところにあり、それを十分に理解していながらも頑として逸らしているしかなく、一体いつまで逃げるつもりだろうか。
そうしていつまで、あの男と不毛でしかない関係を続けていくのだろうか。
意図が見えないだけに、余計に混迷を極めて袋小路へと陥り、自分に出来ることなんて何もないのではないかと過ってしまう。
本気で潰そうと仕掛けてきたら、この手に一体何が出来るだろう。
苛まれることばかりで、有り得ないくらい弱気な感情が顔を覗かせていても、笑い飛ばしてやることすら今は出来ないでいる。
それとも事はすでに起こっていて、己の足元からぐらつかせて自滅させていくつもりなのだろうかと過り、そうであるなら現況は思う壺である。
考えても仕方がないのに、あんな男の事なんてどうだっていいのに巡らせてしまい、近付いてくる真の目的が全く見えてこない。
「辛気臭ェな……」
何度目かの溜め息を漏らし、通路を歩いているとまたしても誰かとすれ違い、構わずに先を歩んでいく。
視線を下ろしているので、行き交う人なんて全く見えておらず、端から興味も無いので記憶に残らない。
だからこそ、通り過ぎた者が立ち止まる可能性なんて微塵も考えておらず、その者が振り返って腕を掴んでくるなんて想定外であり、唐突な出来事に気を抜いていたこともあって遅れをとってしまう。
「お! テメやっぱ真宮だよなァッ! よォ~、お偉いさん!」
ぐいと引っ張られ、嫌でも立ち止まって振り返ると其処には、何処の誰だか皆目見当もつかない人物が立っている。
物凄く馴れ馴れしく話し掛けられているが、恐らく、いや間違いなく初対面であり、どれだけ考えてみても思い当たる者が一切出てこない。
「なんだテメエ……、口の聞き方に気を付けろよ」
「ハハッ、なんだよ随分と虫の居所が悪そうじゃねえか~。 お偉方のせいか? 眉間に皺寄ってるぜ~?」
元より苛立っていたこともあり、ぶしつけな態度に思わず凄んでしまうも、相手は意に介さず挑発的な笑みを湛えている。
目の前には、金髪の青年が佇んでおり、此方よりも幾分か背が高いようだ。
額の中心から左右へと分けられている髪は長く、胸元にまで達している。
結ぼうと思えば容易そうだが現在は下ろされており、金色がさらさらと艶を帯びて流れている。
獰猛な獣のような、力強い眼差しをしており、鼻筋の通った彫りの深い顔立ちをしている。
何がそんなにも楽しいのか、出会ってから始終笑みを浮かべており、粗暴な雰囲気を纏っていながらもこうして気安く声を掛けたりしてくるのだから、よく分からないものだ。
羽織っているレザージャケットは漆黒で、首からは厳ついシルバーアクセサリーがぶら下がっており、中心にはドクロへと絡み付く蛇が鎮座している。
果てしなくこのような場所が似合わない青年であり、あまりにもインパクトが強過ぎる為に一度でも会っていたらまず確実に忘れないだろう。
よくよく見れば、手首や指も同系統のアクセサリーで占められており、日頃から好んで身に付けているのだろうと思う。
「何してんだよ、こんなところで。今日はテメエ一人かァ~?」
「テメエには関係ねえだろ。そもそも誰だよ」
「あ? あ~……、そういや会ったことなかったな! 話ばっか聞いてっと顔見知りな気分になっちまうよな~! 俺が誰だか分かんねえ?」
「知るかよ。テメエが誰だろうがどうでもいい。じゃあな」
「まあまあまあ、待てってそんな急がなくてもいいだろォ? せっかく会ったんだしよォッ! 俺が誰だか分かんねえならまあいいや! とりあえず腹減らね? 飯食いに行こうぜ!」
「は……?」
「だから飯! 近くになんか店あったよなァッ! オラ行くぞ、真宮!」
「ちょ、テメ、いきなり現れて何言ってんだっつうかテメエ誰だ!」
「あ~? いいっていいって、んなこた気にすんなよ! からあげくんとでも好きに呼べよ! ちなみに唐揚げは好物の一つだぜ!!」
「いや聞いてねえよ! テメエの好物なんざ一切興味ねえよ! つうか誰だっつってんだろ! 俺はこれから行くところがっ……!」
なんとも強引な男であり、此方の都合をまるっと無視して半ば引き摺るように、絶賛来た道を逆走させられている。
未だに何者か分からず、けれども相手はよく知っているようであり、それがまた薄気味悪いのだが金髪の青年は至って明るく、朗らかに我が道を歩んでおり、考えるいとまも与えられずに連れ去られていく。
粗野な乱暴者という感じだが、なんとなく裏表の無さそうな印象であり、本当にただ飯を食う事だけを目的としているようだ。
鳴瀬の病室まで後少しのところを、突然現れた金髪の青年によって阻まれてしまい、振り払おうとしても叶わずどんどん目的地から遠退いていく。
「おい! テメエ誰なんだよ!」
「言ったら誰だか分かっちまうじゃん」
「知りてえから聞いてんだろ!」
「お偉方も仏頂面もいねえんだし、別に取って食ったりしねえよ。ま、気楽に行こうぜ~!」
「だからテメエ! 大体何の用で此処に……!」
「あ~、まぁ、偵察? みてえな感じ? あ、テメエなんか用あんのかァ?」
「あるからいるんだろうが此処に!」
「ま、どうでもいいか! ハハハッ、おもしれえ奴に会ったぜ~!」
「良くねえよ! 話通じねえな! まず手ェ離せ!」
と言ったところで聞き入れられず、金髪の青年は鼻歌混じりに機嫌良く歩いている。
先程までの暗鬱な気分は吹き飛んでしまったものの、予想外の出来事に早くも頭を抱えそうであった。
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