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安息のクレマチス

「で、テメエは一体誰なんだよ……」 あれから幾ばくか過ぎ去り、ものの見事に病院から連れ出されてしまい、今や何処の馬の骨とも知れないような輩と顔を突き合わせ、絶賛食事中なのである。 病院から程近く、大通りに面しているファミリーレストランへと入店し、目の前には金髪の青年がご満悦な様子で腰掛けている。 四人掛けのボックス席へと収まり、窓際な為に外の様子は逐一分かり、先程から途切れることなく車が横切っていく。 相変わらずの曇天で薄暗いが、目前にて食事を楽しんでいる青年からは溌剌さがみなぎり、天候の悪さなんて気にもしていないようである。 「テメエもしつけえなァ。俺が誰かなんてどうだっていいじゃねえかよォ。今は目の前の飯に集中しようぜ!」 「良くねえから聞いてんだよ。テメエの都合なんてどうでもいいからとにかく名を名乗れ。話しながらでも十分に飯は食える」 「名前ねぇ~、そうだなァ……。あ、佐藤だ佐藤」 「つくならもっとマシな嘘つけよ……。そんな雑な回答で俺が騙されるとでも思ってんのか」 「んじゃ、遠藤」 「テメエな……」 「なんだよ、大体合ってるぜェ? 文字数も合ってるし、濁点も入ってるし、後はちょっと弄くれば俺の名前ってわけだ! いや~、大ヒントだな! 流石に分かっちまうかもな!」 「回りくどいことしてねえでいい加減正直に名乗れよ……。そんなに俺に知られちゃ不味いってのか?」 「あ? いや別に全然不味くはねえけど」 「だったら言えよ! 何勿体ぶってんだよ、めんどくせえな!」 「お、コレうめ~! テメエも食うか?」 「おいコラ聞け!」 完全に弄ばれており、何処までもマイペースな青年は頑としてぶれず、未だまともに名乗らぬまま平然と其所にいる。 それにしても食欲旺盛であり、ハンバーグとスープセットの他に、サイドメニューとして唐揚げやフライドポテトに始まり、サラダやパスタまでもが所狭しと並べられており、眺めているだけでも満腹になってしまいそうな状態である。 こってりとした油っこい料理ばかりで、完食するともなれば途中で具合を悪くしてしまいそうなのだが、彼と言えば何の問題も無く食事を続けており、日頃からこのような量を収めているのだろうか。 有仁の肉食版かよと、つい過ってしまうくらいに凄まじい食欲であり、一体どちらが大喰らいであろうかと考えるものの、そもそもスイーツが相手では土俵が全く違うのであった。 有仁も相当の欲張りだが、コイツも負けず劣らずというか、遥かにというか……。 「なんで俺のこと知ってんだよ」 「さ~て、なんでだろうなァ~」 「偵察と言っていたが、まさかテメエ鳴瀬と関係が……」 「そりゃ~俺はヴェル、あ、やべ、真に受けんなよ~! ダチの様子を見に行ってただけだ! あんなところで会うってことはテメエもそうなんだろ~?」 「……まあな」 「とにかくだ、俺は今一個人としてテメエの前に居るわけで、どうにかしてやろうなんて思ってねえから安心しろよ。まあご命令とあれば、テメエなんていつでもぶちのめしてやるけどなァッ! ハッハッハ!」 「テメエなんかにそう簡単にやられてたまるか」 「おう! その意気だぜ、真宮! まあ頑張れよな!」 「ハァ……。なんなんだよ、お前。なんで応援されてんだよ……」 未だに状況が呑み込めず、どうして名も知らぬ青年と食事をしているのだろうかと思うも、全く解決には至らない。 あまりにも強引で、がたいがいいこともあって容易には振りほどけず、気が付いたらこのような場所へと連れ込まれていた。 昼食からも、夕食からも外れている時間帯な為に空いており、注文してから大して待たされずに料理が揃ってしまい、二人しかいないというのに机上は大変な賑わいを見せている。 豪快に笑い、せっせと食を進めている青年を眺め、やはり記憶を探っても当てはまりそうな人物は居らず、髪の長い金髪には心当たりが無い。 彼も初対面と認めていたが、それでも此方の情報を事前に得ている為に、何も知らない身に比べたら遥かに優勢である。 端から疑うのも良くないが、何処までも正体を隠そうという姿勢につい、鳴瀬を脅かす輩として身構えてしまう。 今のところ害は無く、本当にただ食べているだけなのだが、油断してはならないと自分に言い聞かせる。 「そんな警戒すんなって~! もっと気楽に楽しもうぜ~!」 「名乗りもしねえような奴には誰だって警戒すると思うが……?」 「え? 俺は全然しねえんだけど」 「まあ確かにテメエはそんな感じしねえけど、て違ェよ! お前の基準なんかどうでもいいんだよ、誰なんだっつのいい加減にしろ!」 「ハハハッ、ブチギレた! だから言ってんじゃねえかよ~! からあげくんて!」 「だからテメエな……! 誰が信じるんだよ! つくならもっとマシな嘘つけって言ってんだろ!」 「ちなみに唐揚げは好物の……」 「そのくだりはもういい、しつけえ!」 「一つだぜ!!」 「無理矢理言い切りやがったな、この野郎……。お前の好物刷り込まれて俺にどうしろっていうんだよ」 「ハッハッハ、テメエも大変だな~! 俺らの相手すんの疲れんだろ!」 「ハァ……。帰っていいか……?」 「ダメに決まってんだろ! まあまあ、ゆっくりしていけよ! とりあえず食え!」 「食ってるっつの……」 敵意は感じられず、乱暴な言動を繰り返している割には笑顔であり、意外と優しそうな雰囲気を湛えているのだから不思議だ。 金髪で、長身で、筋肉質な体格の良さともなれば、黙って突っ立っていようものなら大抵は怯えられるだろうが、気さくに話し掛けてはずっと楽しそうに笑っており、随分と見た目との差が激しい男である。 予定があるにもかかわらず、無理矢理にこのような場所へと付き合わされているのに、どうしてか何処か憎みきれないでいる。 それはやはり、目の前で満足そうに唐揚げを頬張っている彼の人柄によるものだろうかと思うも、そもそもコイツのこと何も知らねえよと我が身へツッコミを入れるのであった。

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