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安息のクレマチス

「なんだよ……」 俺も何大人しく飯食ってるんだろうな、と溜め息を漏らしつつ、然程空腹では無かったものの付き合いで食事をしていると、前方から物凄く視線を感じる。 食いづれえよ……、と思いながらも気にしないようにしていたのだが、手を止めてまでじっと見つめられてはたまらず、またしても溜め息をつきながら視線を合わせて問い掛ける。 「何見てんだよ。食いづれえだろ」 「あ? いや~、いい顔してんなァ~って思ってよ。思わずガン見しちまったぜ」 「ハァ? 何を言ってんだ、お前は。手ェ止めてる暇があるなら食えよ。冷めるぞ」 「つうかテメエの食ってる奴旨そうじゃねェ?」 「旨そうっつうか、うめえよ」 「やっぱりな! 一口くれ」 「は? おい……、それだけ散々並べておいて、まだテメエは他に欲しがるのか」 「細けえことは気にすんなよ~! 口開けてっから早く食わせろよ!」 「勝手に取って自分で食えよ……」 「まあまあ、いいじゃねえかよ! 減るもんじゃなし! ほれほれ、早く! 照れんなよな!」 「別に照れてるわけじゃねえよ、断じてな」 わはは、と楽しそうに笑っている青年とは対照的に、げんなりとした様子で手元の料理を見つめる。 どうやら彼はサイコロステーキが気になるらしく、別に勝手に取って食べればいいものを、わざわざ食べさせろと我が儘を振り撒いている。 なんで俺がわざわざ食わせてやらなきゃならねえんだよ、納得いかねえ……。 それでも結局は折れてしまい、いつまでもせがまれそうなので仕方なくフォークで突き刺すと、ぶっきらぼうに腕を伸ばして差し出す。 一連を眺めていた青年は、相変わらずご満悦な様子で身を乗り出すと、突き刺さっているサイコロステーキをぱくりと浚っていく。 目当てのものを頬張り、満足そうにもぐもぐと口を動かしており、どうやらお気に召したようである。 最早何度目か数える気も起きない溜め息を漏らし、奇妙な食事会からは未だ抜け出せないまま、目の前で笑みを浮かべている青年を盗み見る。 髪の長い金髪から連想出来る人物は居ないが、似たような者に関する話を聞いた事は無かっただろうか。 荒々しい性格で、何かもっと目印になるような代物を身に付けていた気がするも、目前の青年にはいまいちピンとくる物が見当たらない。 なんか俺……、重要な事を忘れているような……。 金髪の青年に関する話題に触れたことがあったように感じるも、実際に会っていたわけではなかったので然程気に留めず、どういう内容であったかをすぐにも思い出せないでいる。 ただでさえ色々な事がありすぎて、まともに思考なんて働かない日々を送っており、気が付けば同じような思案を巡らせている。 八方塞がりで這い上がれず、滅入っていたところに突然目の前の青年が現れ、あれよあれよという間に暢気に団欒している。 本当に不思議な展開ではあるけれど、何故だか強引さに救われている自分も居り、一時でも明るい雰囲気に包まれていく事を受け入れてしまっている。 名前すら分かんねえのに、俺も焼きが回ったかな……。 「さっきは大丈夫かよってくれェ思い詰めた顔してたけどよォ、元気になってきたんじゃねェ? 俺のお陰だな!」 「ハァ? ……お前なんかに気ィ遣われるなんて屈辱だ。そんなに分かりやすいのか俺……」 「な~に言ってんだよ! あの中で一番優しいのは俺だぜ? 大抵はお偉方に騙されちまうけどなァ~! 見た目ってやつは重要だな! ま、俺にゃどうだっていいんだけどよ!」 「誰と比較してんだよ」 「ん~? 俺んとこのお偉いさんとか」 「誰だよ、そいつ」 「誰って、ぜ……、この肉うめえわ」 「なんなんだよ、お前はさっきから……。所々で挙動がおかしいぞ」 言い掛けたかと思えば、一瞬動きを止めてから黙々と食べ、何がしたいのかよく分からない。 彼にだって、当たり前に近しい存在があるわけで、それは自分も同じである。 大勢居る内の誰かを思い浮かべながら話しているのだろうが、そういう時に限って急に話題を変えられたりするので、消化不良で首を傾げるもののそこまで気にする事でもなく、もやもやしつつも倣って食事を再開する。 聞いたところで教えてくれそうにないので、いつしか彼が誰であるかはどうでもよくなっており、何がなんでも口を割らせようという気持ちは失っている。 頻繁に顔を合わせる事も無いであろうし、縁があればいずれ自然と正体も知れるだろうと思い、珍しい出会いを受け入れて暫しの時を過ごしていく。 「お、そういやアイツら元気か?」 「アイツら……? 他にも誰か知り合いいんのか」 「おうおう、ほら! アレ! チビ二人、あ、やべ、これもダメなやつだったわ……。くっそ話しづれえなァッ!」 「チビ……? ていうと有仁と、灰我……?」 「あ~! そういやテメエさァッ、病院にいたってことは鳴……、だアァッ話しづれえ~! もう言っちまおうかな……!」 「さっきからなんなんだよ、騒々しいな……。お前以上に俺のほうがどうしていいかわかんねえっての。とりあえず、落ち着けよ……」 一人で騒がしく、そしてなんだか楽しそうに見えてしまうのだが、金髪の青年は荒々しく髪を掻き上げながらもりもりと食べており、話したいけれども何やら壁に阻まれている様子である。 何がなんだか分からないが、それでも不思議と不快な感情は湧いてこず、終いには宥めながらすっかりこの状況に慣れてしまったようである。 思うようにいかなくて苛ついているのか、食欲が増していく青年を眺めていると、何故だか笑いが込み上げてくる。 「な~に笑ってんだよ」 「笑わずにいられねえだろ、目の前で百面相されたら」 「ふ~ん……」 「なんだよ、言いてえことがあるならはっきり言えよ」 「テメエ結構いい奴だな~! 俺お前のこと好きだわ! こりゃ確かにほっとかねえわけだよなァッ! なるほどな~!」 「何勝手に納得して聞き流せねえこと言ってんだよ、お前は」 「俺も好きだぜ、真宮!」 「ああ、はいはい……。分かったよ。ありがとな」

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