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安息のクレマチス
面倒臭そうに答えながらも、微かに柔らかな笑みを湛えていて、何とはなしに外へと視線を注いでいく。
唐突で、強引で、変な奴としか言い様が無いのだけれど、結果的には見ず知らずの青年に大人しく乗せられており、自分でも不思議に思いながらも未だ腰を落ち着かせている。
そこまで追い詰められていたのだろうか、見知らぬ人物との談笑に心を救われてしまう程に、何もかもが重荷になってしまっているのだろうか。
違う、そんなはずはないと何度も繰り返しつつ、その割には直ぐ様負の感情へと囚われていく。
いつから自分はこんなにもつまらない人間になってしまったのだろうかと、幾度となく責め立てても事態は一向に良くはならず、気が付けば心の拠り所を求めてしまっているような気がする。
今がまさに、そうなのだろうか。
「もう聞かねえんだなァ、俺が誰なのか」
「聞いたら素直に答えてくれんのか」
「答えてるじゃねえかよ、さっきからずっと。からあげくんとか」
「ハァ……、聞くだけ無駄だろ。お前にこれ以上体力使いたくねえよ」
ちらりと視線を向け、溜め息を吐きながら返答すると、金髪の青年は相変わらず笑みを崩さない。
なんとなく押せばぐらつきそうな気もするし、自分から勝手に明かしてくれそうな気配もするのだが、今のところ敵意も感じられないのでまあいいかと、再び外を眺めながらぼんやりと食事をする。
光が射さず、薄暗い空の下ではひっきりなしに交通し、それぞれが目的地を目指して横切っていく。
何してんだろうなあ、とは思いながらも席から動かず、自分は全く分からないのに相手には知られているという状況で、暢気に肉なんて頬張っている。
有仁に知られたら笑われそうだ、ナキツに知られたら怒られそうだ。
自然と彼等の姿を思い浮かべ、何かあればすぐに考えてしまっている。
それだけ身近な存在であり、付き合いも長ければ信頼も厚く、すっかりもう側に居てくれる事が当たり前になっている。
「お前のそばには、どんな奴が居るんだ」
「あ? ンだよ、それ」
「お前にとっての身近な存在。それくらいは教えてくれてもいいだろ」
「ハァ~? なんつうかテメエ、いきなりおかしな事聞くなァ。まあ別にいいけどよォ……、ろくな奴いねえぞ?」
「お前に言われるって事は相当だな」
「どういう意味だコラッ! 俺が一番まともだっつうの、こう見えて」
喚いている様に笑みを浮かべつつ、目の前では早速身近な存在を思い浮かべているであろう青年が、腕組みをしながら唸っている。
首を傾げた拍子に、さらりと流れる髪の隙間から煌めきが見え、どうやらピアスが耳に収まっているようである。
派手な装いではあるが、長身で体格の良い彼には違和感無く馴染んでおり、個性が良く表れている。
なんだかんだと言っていたが、意外とすんなり聞き入れて思考を巡らせているようであり、これで何かを企んでいたとしたら怒りよりもまず感心してしまいそうなくらい、悪意というものを感じられないでいる。
馬鹿正直、という言葉がよく似合いそうであり、思った事を全て言ってしまいそうな素直さを感じているのだから本当に不思議だ。
「あ~……、そうだな。割とよく話すし、一緒に居る時間がなげえのは……、仏頂面だな!」
「それすら秘密かよ。お前隠し事が多過ぎるぞ」
「秘密が多いほうが燃えねェ?」
「まあ、暴きたくはなるよな」
「だよなァ~。テメエの反応を楽しみてえ気もするけど、まあ縁があればその内また会う機会もあんだろ。もう一度俺に会えたら教えてやるよ、全部な」
「お前だけ分かってんのが気に食わねえな」
「教えてやるっつうか、そんな必要ねえんだけどな! 一目瞭然だろ! テメ結構鈍くておもしれえよなァッ~!」
「おお、すげえイラッとしたぜ今」
彼なりに言葉を選んだ様子で仏頂面と紡がれたのだが、どういう話題を振っても謎めいた人物を演出したいようである。
純粋に気になっただけであるが、些細な事から彼に関する何かしらを見出だせる機会もあるかもしれないと思っていただけに、これはいよいよ諦めの境地である。
「何考えてっか分かんねえ奴しかいねえわ。どんな奴か説明出来る程知らねえなァ~、そういえば」
「どんな間柄だよ……。なんとなくお前ならそれもありかと納得しかけたけどよ……」
「よく知らねえけど、スゲェ一緒にいるわ。仏頂面に限った話じゃねえけどよォ、そこまで気にする必要もねえし。頭悩ます程の事でもねえもんなァ~」
「仲いいわけでもねえのか?」
「そういうんじゃねえんだよなァ~。つかそんなに重要か?」
「え? あ、いや……、お前の連れを悪く言ったつもりはねえんだ」
「ハハッ、何突然遠慮してんだよ。結構繊細か~? お前。ぐるぐる悩んじまうクチか? ハハハ似合わね~!」
「うるせえよテメ、そんなんじゃねえ」
自分でも気付かぬ真意を見透かされたようで居心地悪く、照れ臭そうに睨み付けるも全く効果は無い。
青年は楽しそうに笑っており、似合わねえとしきりに言っているのでぶん殴ってやりたいのだが、ぐっと堪えて不貞腐れる。
何を考えているのか分からない相手に、いつまでも思い悩んでいるなんて馬鹿だと言われているようだが、げらげらと笑っている様を見ていると、そこまで気にする事でも無いのかと思えてきてしまう。
「誰思い浮かべてんのか知んねえけどよ、そんなんテメエの中でぐるぐる考えてるだけ無駄だぜ? 時間が勿体ねえわ。気に食わねえならぶっ飛ばせ、理解してえならもっと近付け、言葉が足りねえならちゃんと聞け。どうすればテメエの心はスッとすんだよ」
フォーク片手に、頬杖をついている様子は決して行儀が良いとは言えないが、予想外に真っ当な台詞を紡がれて狼狽えてしまう。
なんなんだコイツは、と思っているのに素直に受け入れてしまい、心を締め付けている現状を明確に紐解いてくる。
気に食わないならぶっ飛ばせとは、よく知りもしないのに、実に彼らしい言葉だなと思えてしまって少し笑える。
何が一番心に引っ掛かっているのだろうか。
そんな事、今更改めて考えずとも分かっている。
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