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安息のクレマチス
常に単独で行動し、誰の手も借りずに方々へと挑んできた様は、全くもって大した者である。
もう随分と顔を合わせていないような気がするも、連絡の取りようもなければ親しい間柄でもなく、今頃彼は何処で何をしていることであろう。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
懐かしく感じてしまいつつ、途切れながらもゆっくりと食事を続けていると、不意に新たな来店の知らせが聞こえてくる。
そりゃ客も来るか、と思いながらも特に視線を巡らせる事はなく、ぼんやりと白米を口にする。
別段興味も無いのだが、傍らを通り過ぎていく気配になんとなく視線を注ぎ、二人の青年が席へと案内されている。
通路を挟んで斜め向かいであり、高校生位であろう男子が腰を下ろし、早速とばかりにメニューへと手を差し伸べている。
「お! うまそ~!」
「そんながっつり食う気かよ」
「いや~そんなつもりはなかったんだけどさ~、やっぱ見てると腹減ってくるよな~!」
「ハァ……、勝手にしろよ」
「あ、コレも旨そうだな~。響、なに食う~?」
両者共に黒髪であるが、一方は短く整えられており、此処からよく見える表情には快活な笑みが乗せられ、見るからに人当たりの良さそうな青年である。
もう一方は肩に付きそうな位の長さであり、どうやら響という名前のようなのだが、此処からでは後ろ姿しか確認出来ず、どのような顔をしているのかは分からない。
「別に何でもいい。そんな腹減ってねえし……」
「ん~、そっかそっか。じゃあさ、ハンバーグでも食えば?」
「おい……、俺の話聞いてたよな」
「ハハハッ、まあまあ折角来たんだから食えばいいじゃんかよ~」
「だから腹減ってねえっつってんだろ。せめてもっと軽いもんに……」
「お、ステーキ」
「おいテメ聞いてんのかよ、慶史……!」
一緒に来ているくらいなのだから、当たり前のように仲睦まじい事であり、怒られながらも慶史と呼ばれた短髪の青年は楽しそうに笑っている。
顔を突き合わせ、二組あるというのにわざわざ一つのメニューを眺めており、指で示してはああでもないこうでもないと賑やかな会話が聞こえてくる。
「はいはい、聞いてるって。そんな怒んなよ、響ちゃん。何にすんの? あ、ドリンク付けるよな~」
「ん」
「はいよ。そういや今日は瑞希なにしてんの? 弟くん」
「は? んだよ、いきなり……。俺が知るわけねえだろ……」
「相変わらずだなあ、おい! いい加減素直になれよ~! ははは、ホントおもしれぇ兄弟だなっ!」
「うるせえな、ほっとけよ……」
辺りへと視線を向けつつ、男子学生のやり取りを眺めながら、自然と唇には笑みが乗せられていく。
楽しそうで何よりであり、何だかんだと悪態をついていても心を許している様子が窺え、好きで行動を共にしているのだろうと感じられる。
何処の誰かも分からないけれど、湛える雰囲気に穏やかな気持ちを芽生えさせ、ようやく食事を終えたのでとりあえず水を飲む。
思いの外長居してしまったが、そろそろ本来の目的へ戻らなければと思いつつ、形を失いかけている氷を踊らせながら体内へと流し込んでいく。
とん、と空になったコップが程無くして置かれ、端で横たわっている伝票を引っ掴む。
今では他に誰も居ないので、端から見たら一人で食い荒らしたような状態でなんとなくばつが悪い。
それにしてもよくこんなに食ったもんだよな……、それなのにアイツ何事も無かったかのように立ち去りやがったぞ……。
どういう構造をしているのか謎であるが、彼が置いていってくれた紙幣を有り難く頂いて、さっさと出るかと腰掛けから身を滑らせる。
「なんか雨降りそうだよな~」
「降るんじゃねえの」
「あ、なんか適当だな~。なになに響ちゃん、な~に怒ってんの?」
「別に怒ってねえし」
「やっぱハンバーグ食いたかったのか? 内心」
「ちげーよ! いい加減そこから離れろ!」
立ち去るまで賑やかな声が溢れ、注文を終えて料理が届くまでの一時を楽しんでおり、会話は途切れることを知らないでいる。
不思議と名残惜しい気もするが、いつまでも居残っている理由も無いので会計を済ませ、その店を後にしていく。
曇天の下へ舞い戻り、ぐるりと見渡せばすぐにも病院が視界へと収まり、徒歩ですぐにも辿り着ける。
早速足を踏み出し、つい先程まで過ごしていたファミリーレストランを通り過ぎながら、改めて鳴瀬の病室を目指して歩いていく。
「なんだか今日は、調子狂うな……」
独白は喧騒へと紛れ、歩道を進みつつ過らせるのは、騒がしく強引な金髪の青年である。
出会いにより、良くも悪くも大分振り回されてしまった為に、なかなかの疲労感に纏わりつかれている。
おまけに然程空腹でも無かった腹は満たされ過ぎており、静かな場所にてじっと座っていようものならすぐにも眠くなってしまいそうである。
まあ……、耐えらんねえ時は鳴瀬をベッドから引き摺り下ろせばいいか……。
なんて、何処までが本気か分からない事を巡らせつつ、少しずつ目的地との距離を狭めていく。
鳴瀬も大分良くなったよな……、あの時からは比べ物にならないくらい元気になった。
本当に、良かった……。
今では見舞う度に退屈だと騒がれ、一刻も早く退院したくてたまらないようである。
だが、まだ傷は癒えきっていないので、気持ちとしてはもう暫くは大人しくしていてほしいところなのだが、あのままあの場所にて過ごさせる事に不安も抱えている。
たった一度、鳴瀬を現在の状況へと強いた出来事以来、彼の周囲は平和そのものであり襲撃なんて起こりそうにもない。
本当にもう興味を失ったのか、二度と手出しはしないのかと考える程に、終わりのない迷宮へ足を踏み入れそうになるのを思い止まっている。
気にしてもきりがない、蓋を開ければ圧倒的に負の要素しか出てこないのだから。
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