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安息のクレマチス
歩みを進め、吸い寄せられるように近付いていくと、一息つけそうな長椅子や自動販売機が見えてくる。
迷わず向かえば、すでに何名か先客が居り、飲料を片手に皆思い思いに時を過ごしている。
一人で腰掛けている者ばかりで、中には入院しているのであろう寝間着を身に付けている者も居り、読書に励んでみたりと様々な時間の使い方をしている。
窓から見える景色は、薄暗い雲と雨によって閉ざされており、静寂と共に何処と無く影を背負っている。
それでも、孤独へと身を置きながら苛まれているよりも遥かにマシであり、関わることはないけれども其処に居てくれる他人の存在を有り難く思ってしまう。
次第に歩調を緩め、何か飲もうと財布を取り出しながら視線を巡らせ、一応悩んではみるものの結局は珈琲を選んでしまう。
小銭を投入し、目当ての商品を選択すれば紙コップが落ち、取り出し口の向こうでは温かな珈琲が注がれている。
財布をしまい、暫しの時を自動販売機の前で立ち尽くし、出来上がりと共に湯気が立ち込めている容器を取り出して、片手で持ちながら何処へ座ろうかと歩いていく。
そうして適当に長椅子へと腰掛け、芳ばしさに鼻腔をくすぐられながら珈琲を飲み、包み込むような温かさに自然と息が漏れる。
周りを気にせず、各々で過ごしている静寂の一時は、とても居心地良く感じられる。
もう少し時間が経ったら、また鳴瀬の元へ戻ってみようかと考えるも、その前に訪問者が現れてしまうだろうか。
一体誰なのかと思案しても、しっくりくるような人物には一人も行き当たらず、大体にして手掛かりが無さすぎる。
わざわざ会いに来てくれるだなんて、何者なのだろうかと幾ら考えてみたところで解答は得られず、首を傾げてばかりいる。
有仁はなんて言ってたっけ、とぼんやり考えながら珈琲を口にし、唇を閉ざして視線を下ろす。
そういえばこの状況、前にもあったよな……。
先程の通話を思い出そうとしているのに、置かれている状況から要らない事柄をふと蘇らせてしまい、かつての光景が脳裏へと過っていく。
同じように腰掛けて、同じように珈琲を飲み、同じように考え事をしていた。
そうして現れたのは、何処の誰であっただろうか。
忌々しい記憶には、必ずといっていい程に彼が、銀髪の青年が関わっており、思い浮かべるだけで苛立ちが募っていく。
結局は何度拒んでも、其処に誰が居ても、何をしていようがお構い無しに思考を支配され、常に付け入る隙を窺われているかのようだ。
そうだ……、あの時もこんな風に過ごしていたら、いきなり背後から現れて……。
「だ~れだ」
声が聞こえると同時に視界を遮られ、一瞬何が起こったのか分からなくなる。
いつの間に忍び寄られていたのか、気が付いた頃には後ろから両の手を宛がわれ、どうしてか目隠しをされている。
過去の出来事と重なり、丁度思い返していただけに身を固まらせてしまうも、反芻される台詞と共に蘇っていく声は、銀髪の青年とは別物のように感じられてしまう。
では一体誰なのかと思考を巡らせ、すでにもう思い当たる人物へと辿り着いていながらも、まさかそんなはずはないとなかなか信じられないでいる。
だってそうだろ……? 此処に居るわけねえんだよ、有り得ねえだろ……。
「久しぶりだな、凌司 」
「え……?」
耳元で囁かれ、一瞬で聞き間違いではなかったということが分かり、たった今有り得ないと否定したはずの人物が真後ろに居ると察し、間の抜けた声が零れていく。
そうして静かに視界が開かれていき、まだ半信半疑ながらもゆっくり振り向いて見上げると、全く予期していなかった人物が眼前にて佇んでいる。
あ……、有り得ない……、嘘だろ……?
「え、あ……、と、と……」
今にも取り落としそうであった珈琲を置き去りに、ふらりと立ち上がって視線を合わせるも、目の前の現実が信じられなくて夢でも見ているかのようだ。
言葉にならない声が漏れ、思うように喋れず喉元では大渋滞を起こしており、頭の中は真っ白である。
嬉しいよりもなんで、なんでと壊れた機械のように疑問符が乱舞し、先程までの落ち着いた青年の姿は今や何処にも見受けられない。
「おいおい、どうした? 固まってんぞ~? お~い、凌司。見えてるか~」
「な、なんで……、どうして、こんな……、え? え、嘘だろ……」
ひらひらと手を振られるも、狼狽えるばかりで落ち着きを取り戻せず、一人言のような台詞を溢す。
「こんなに驚いてくれるとは……、作戦成功だな。有仁にも見せてやりたかったぜ」
そう言って笑っている青年を見て、ようやく唇からはやっとの思いで紡がれていく。
「と……、刻也 さん……?」
顔を合わせてからたっぷりと間を置いて、遅れ馳せながらようやく名を口にすると満足そうに頷かれ、会いたくて仕方がなかった人物がすぐ手の届くところにて立っている。
現実とは思えなくて、未だに信じられなくて、触れた瞬間に夢から目覚めてしまうのではと過らせるも、目の前で佇んでいる彼は消えたりしない。
辺りなんてとうに見えず、ふらふらと動揺を露わにしながら青年へと近付き、もうどうしていいのか分からなくなっている。
「やっと会えたな。元気にしてたか? 凌司」
にこやかに、変わらない笑顔で優しく見つめられ、声を掛けられて居ても立ってもいられなくなる。
「な、なんで……、此処に……?」
「もちろん、お前に会いたかったからだよ。それだけの理由じゃご不満か?」
「まさか、不満になんて思うわけないじゃないですか。スゲェ嬉しいです……。俺、ずっと……、ずっと会いたかったから……」
「俺もだよ。お前に会いたくて仕方がなかった。よし来い、凌司! 抱き締めてやる!」
「うわああ刻也さん! 刻也さん!」
言葉を合図に両手を広げられ、ぶんぶんと尻尾を振っているかのような高揚状態で飛び込み、躊躇いもなく刻也に抱き付けば当たり前のように腕を回される。
なんだなんだと驚いている周囲には目もくれず、完全に二人の世界へと旅立ってしまっており、刻也以外には最早何も見えなくなっている。
「ハハハッ、ホント久しぶりだな~! よしよし、いい子いい子!」
「刻也さんだ、本物だ! 会えるなんて思わなかった嬉しいです……! どうして先に連絡くれなかったんですか! 刻也さんの為ならすぐに飛んで行くのに!」
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