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安息のクレマチス
頬を擦り寄せ、素直に喜びを表しながら抱き付き、刻也の肩へと腕を回す。
ずっと会いたかったけれど、まさかこのような場所で叶うとは思わなかった。
最後に会ったのはいつの日か、と思考を巡らせてもすぐには辿り着けないくらい、もう随分と長い間顔を合わせていなかったような気がしてしまう。
それでも彼は優しく、これまでと全く変わらぬ立ち居振舞いであり、いとおしそうに頭を撫でている。
一方の腕は背中へと回され、全幅の信頼を寄せている温もりに包まれ、途方もなく込み上げてくる感情は安堵ばかりであった。
「そんなに寂しかったのか?」
「当たり前じゃないですか……。俺、今スゲェ嬉しくて仕方ないです……」
「その割には全然連絡が無かったような……」
「それは、だって……、邪魔したくねえし……。俺の為に気を遣わせたくなかったから、ずっと我慢してたんです」
「ったく、お前は……。またそういういじらしいことする。いつも言ってるだろ? いつでも連絡してこいって」
「でも……、俺なんかの為に時間を割かせるのは」
「コラコラ、そういう言い方しないの。お前は何にも考えずに、いつでも甘えに来ればいいんだよ。その方が俺も嬉しい。あんまり自分を卑下するな」
「はい、ありがとうございます。刻也さん……、会えて嬉しいです」
「ん、俺も」
柔らかに微笑むと、穏やかに言葉を返されて嬉しくなり、本当に夢ではなく現実なのだと実感が湧いてくる。
常に受け入れ、いつだって理解を示してくれている青年は、久しぶりに会えた今でも決して変わらない。
体温を感じ、間近で触れているだけで思考が蕩け、好きで仕方がない人物を前に自然と頬が染められる。
頭が上がらず、好意を寄せているといっても一言では片付けられず、込められている想いは様々である。
憧れでもあり、尊敬でもあり、羨ましくもありながらいつまでも追い掛けていたい人物で、此の身にとって非常に大きな存在となっている。
それこそ抱えている問題が一瞬にして霞んでいく程に、刻也との対面で及ぼされる影響力は計り知れないものであり、記憶も辿れないくらい以前から心なんてとうに許している。
「どうして一番に俺に会いに来てくれなかったんですか。俺ずっと会いたかったのに……」
「なんだよ、凌司。一丁前に妬いてんのか~? そんなに拗ねるなよ。一番も二番も大差ねえだろ」
「全然違いますよ! 先越されるなんて悔しいです。でも、会えて嬉しいです……、刻也さん」
「ったくもう、お前は! ずっと可愛いまんまだな~! 変わらないでいてくれて安心した。お前を驚かせたかったんだよ、凌司。まあ、こんなにスムーズにお前を見つけられるとは思ってなかったけどな」
「まさか刻也さんが来てくれるなんて思わなかったから、ビックリしました」
「そうだろ、そうだろ~! まあ、何はともあれお前が驚いてくれて嬉しいぜ! 先に居所を聞きに行った甲斐があったってもんだ。有仁にも久しぶりに会えたしな」
「刻也さんも全然変わってない」
「アレ、一段とかっこよくなったとかねえの?」
「刻也さんはずっとかっこいいです!」
端から見ればなんだこのバカップル状態だが、刻也しか見えていない為に周りなんて気にならず、突如として現れた青年に夢中になっている。
名残惜しいが、ようやく身を離して改めて見つめると、笑みを浮かべている人物が目の前で佇んでいる。
飴色の髪は艶を帯び、目元に掛かる前髪を左右へ流しており、整髪料で程好く整えられている。
眉尻を下げ、見守るように投げ掛けてくる視線は優しく、これ以上ない程に安心させてくれている。
右目の下にほくろがあり、何処と無く甘やかな雰囲気を湛えた容貌をしており、知性にも富んでいる。
それでいてユーモアも兼ね備えている為に、出会えば誰もが心を奪われてしまうに違いなく、自分もその大勢の中の一人である。
かつては毎日のように、顔を合わせては語らっていたのだが、刻也が群れを去ってからはなかなか機会には恵まれず、以前に比べれば連絡を取る頻度は激減していた。
それだけに久しぶりの再会は嬉しく、不意打ちであったが為に一気に気持ちが高ぶってしまい、状況も省みずに頭の中は刻也で一杯になっていた。
「嬉しいな。そう言ってくれるのはお前だけだぜ、凌司」
「嘘つき。どうせ沢山言われてるくせに」
「お前に言われるのが一番嬉しい」
「またそういう事言って、喜ばせておいて……、ずっと連絡くれないんだ」
「ん? 俺からの連絡が無くて寂しかったのか」
「当たり前じゃないですか。俺が刻也さんをスゲェ好きな事知ってるくせに……、人が悪いです」
いざ目の前に現れてとてつもなく嬉しいのに、拗ねた子供のように視線を逸らして悪態をついてしまい、我ながら呆れるも止められないでいる。
相手にも都合があり、忙しいのだと分かっており、それなのにこうしてわざわざ会いに来てくれているというのに、構ってほしい幼子のように困らせる台詞を連ねてしまう。
だが、そのような態度を取ったところで刻也には何のしがらみにもならず、慈しむような笑みを湛えてじっと視線を寄越している。
「お前は……、本当にいつまでも可愛いまんまだなあ。俺だって連絡取りたかったけど、凌司にも凌司の都合があるだろうし、俺の言動で振り回したくなかったから遠慮してた。結果こんなに可愛い姿が見れてしてやったりだが、もっと関わりを持てば良かったな。寂しい思いをさせてごめんな」
「あ、刻也さんが謝る事なんて何も無いです! 困らせるような事を言ってすみません……。そんな風に想ってもらえて、嬉しいです……」
「俺はいつでもお前の事を考えてるよ、凌司」
「俺もです!」
「え~? ホントかよ~、信じらんねえな~」
「ほ、ほんとです!」
「ははっ、ありがとな。お前を筆頭に可愛い奴等ばっかりで嬉しいぜ。元気そうで何よりだ」
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