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安息のクレマチス

あれから瞬く間に日が陰り、目の前には当たり前のように刻也が居て、今更ながら夢ではなかったのだという実感が湧いてくる。 舞台は移り、活気付いている居酒屋にて顔を突き合わせ、入店から一時間程は経過しているだろうか。 何処からともなく賑やかな声が溢れ、細やかな気配りが行き届いている店内では、誰もが気持ち良く一時を過ごしているようである。 全室が個室で、座敷には掘りごたつが設けられており、机上には色とりどりの料理が並べられている。 注文していた品は一通り揃っており、ジョッキ片手に笑みを湛えて語らいながら、好きなようにつついては舌鼓を打っている。 「ちゃんと飯食ってんのか?」 「食べてますよ。刻也さんこそどうなんですか? 相変わらず忙しそうすけど、飯抜いてたりしませんよね」 「ん~、そうだなあ。まあ、食える時にはちゃんと食ってるし、何の問題もねえよ。見ての通り元気なもんだ」 「ハァ……。俺よりよっぽど刻也さんの食生活のほうが乱れてると思うんすけど。俺なんかの心配してる場合じゃないですよ」 「そうやって凌司に心配されたくて飯抜いちゃうのかも。身の回りのお世話してくれてもいいんだぞ」 「刻也さんの望みなら何でも叶えたいですけど、俺そんなに料理得意でもねえし……、だからナキツを連れて行きます。それが一番手っ取り早くて確実です」 「はははっ、確かにナキツが居てくれたら百人力だなあ。そういやナキツには会えてないんだよな~、アイツ元気にしてるか?」 「はい、元気にしてますよ」 「相変わらず怒られてんだろ、ナキツに」 「うっ……、いや、そんな事はない、です、けど……」 「はははっ、相変わらず分かりやすいなあ、お前は。仲が良くていいことだ」 図星を突かれて言葉に詰まっていると、刻也は声を上げて笑いながら楽しそうにしている。 怒られる、というよりは心配されている事のほうが多く、ついこの前も風邪を引かないように気を付けて下さいねと言われたばかりである。 自分の事なんて二の次で、我が身ばかりを気に掛けてくれている様は此方こそ心配になるのだが、元を辿れば不安にさせてしまうような言動ばかりをしているから、なのだろうか。 相手ばかりを責められず、そもそも自分の行動によってナキツや周りを振り回してばかりおり、自責の念が絶えず込み上げてくる。 振り払おうとして、そのような事を咄嗟にしてしまう自分にまた嫌気が差して、本当に勝手な奴だと己を嘲っても事態は何も変わりはしない。 酒気を帯びていく程に、乱れていく思考により一斉に責め立てられ、刻也との時間を過ごせてとても幸せなはずなのに、全てを放り出して何でもない振りをしている自分へと嫌悪が増していく。 過ぎればまた向き合うと言い訳をしても、許してはくれない心に問い詰められ、せっかくの一時を台無しにしたくない想いに駆られて酒が進んでしまう。 「大丈夫か……?」 どのような表情を浮かべて、刻也と向き合っていたのだろうか。 不意に掛けられた言葉へと視線を向け、すぐにも気遣うような双眸とかち合い、自分は何をしているのだろうかと我に返っても全てが遅い。 大丈夫か、と声を掛けられても何も言う事が出来ず、何を指して紡がれている台詞なのだろうかと複雑に捉えてしまう。 「え……、何が、ですか……?」 「元気がない」 「そう、ですか……? いや、いつも通りですよ」 「俺の目をごまかせると思ったら大間違いだぞ。そもそもお前は分かりやすいし、顔にすぐ出るからな」 「いや、ホント何でもないんすよ。気を遣わせてしまってすみません。久しぶりに会えたっていうのに」 「凌司」 「はい……」 単刀直入に元気がないと言われ、それは確かにそうなのだけれど、刻也と顔を合わせている事でだいぶ気持ちは安らいでいるはずなのだ。 それでも端から見ればそのように映り込んでしまうのかと、何よりも刻也に対して申し訳ない気持ちで一杯になり、せっかく時間を割いてくれているというのに失礼な話である。 ごまかそうと紡いでいけば、より墓穴を掘っているような気がしても止められず、最終的には名を呼ばれてあっさりと引き下がる。 まともに目を合わせられず、怒らせてしまっただろうかと視線を泳がせていると、溜め息を漏らされてじわじわと焦りが込み上げてくる。 「そうやって何でも一人で抱え込もうとする。悪い癖が直ってねえなあ」 恐る恐る視線を上げてみると、予想に反して刻也には笑みが湛えられており、おもむろに手招きをされて首を傾げる。 「お説教してやるからちょっとこっちに来い」 「説教ですか……。よくされてるんすけど」 「ナキツよりもこわ~いお説教だからな。覚悟を決めて来いよ~、凌司」 傍らを指し示し、どうやら席の移動を命じられているようであり、はっきりお説教と告げられて途端に腰が重くなる。 お叱りなら普段からよくナキツにされているので辞退させて頂きたいところだが、相手が刻也では選択肢すら存在せず、彼が右を向けば右なのである。 一体どうなってしまうことやらと冷や汗を浮かべつつも、結局は傍らへと移動する展開以外には有り得ず、そろそろと表情を強張らせて彼の隣に座る。 刻也と言えば、一部始終を笑みを浮かべて見守っており、思考を読ませてはもらえない。 「さて、凌司」 傍らへと腰掛け、何を言われるかとひやひやしながら俯いていると、真面目な口調と共に肩へ腕を回される。 そうしてふわりと頭を撫でられ、声に孕まれている雰囲気とは裏腹な行動に戸惑い、つい顔を向けて視線で訴えてしまう。 「そんな心配そうな顔するな。無理矢理に事の次第を聞き出そうとは思わねえよ。ただな、お前が抱えている重荷を少しでも取り除けられたらいいとは思う」 「刻也さん……」 「お前に説教なんてするわけないだろ。まったく、俺はそんなに怖いお兄さんじゃねえぞ。て言っちゃうと、ナキツが怖いお兄さんみたいになっちまうな」 「どちらかと言えば、刻也さんも一緒にナキツに怒られるほうですよね」 「有仁も一緒にな」 「ははっ、そうっすね」

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