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Unknown

ふ、と微笑んでから手が離れ、辺りを月夜にふさわしい静寂が支配していく。 先程までと比べれば、格段に体調は良くなっており、今やすっかり呼吸も落ち着いている。 薊のお陰であろうか、良くも悪くも気を逸らされてしまったが為に、衝撃的な光景が幾分かは薄らいでいる。 汗は引き、貧血のような状態から抜け出せたものの、戻れば遅かれ早かれまた元通りになってしまいそうな気がする。 出来ればもう、あの場所には立ち入りたくない。 きっとまだ、こうしている間にも一室では、一方的な暴行が繰り返されていることであろう。 薊の命に従い、彼等は顔色一つ変えずに仲間であったはずの青年をいたぶり、一体何処まで追い詰めていくのだろうか。 もう十分どころか、やり過ぎとしか思えない。 あのままでは本当に殺しかねない、それなのにどうして一切の感情を表さず、あそこまで惨い行いが平然と出来るのだろうか。 「薊さん……」 「ん? 何かな」 遠慮がちに呼び掛ければ、すぐにも柔らかな声を返される。 一体何を言おうというのか、目前で微笑を湛えている彼は束ねている身であり、一方の自分は昨日今日知り合ったばかりの言わば部外者である。 仲間として、快く迎え入れてくれてはいるけれど、発言を許されるような身分では到底無い。 「どうしたのかな、遠慮しないで言ってごらん」 「あ……、その」 「うん」 「あの人……、どうなっちゃうんすかね」 「あの人? ああ、さっきの……。気にしてくれてるんだ。優しいんだね、來君は」 「や、そんな事は、ないんすけど……」 「君が気にする必要なんてないのに。彼はね、罰を与えられるような事をしてしまったのだから、仕方がないんだよ。俺も仲間として、彼にはあんな事したくなかったんだけど……、けじめって大事でしょう?」 「あ……、はい」 「彼には以前から手を焼いていてね。俺の事が気に食わなかったんだ」 「そうなんすか……」 促されるままに、気掛かりであった事を吐露すれば、薊から少しずつ背景について聞かされる。 罰を与えられるような事をしたからといって、あそこまで冷徹に向き合えるものなのだろうか。 俺が……、甘いだけなのかな……。 つうか、まあ……、よく知らねえし、きっとなんか色々あんだよな……。 目の前で微笑んでいる薊は、とても優しくしてくれるけれど、もしも自分が先程の彼と同様の立場になったなら、やはり容赦無く切り捨てられてしまうのだろうか。 そのような事を考えてしまい、慌てて思考から追いやりながらも気になってしまい、とんでもない群れと関係を持ってしまったのではないかと背筋が薄ら寒くなる。 「嫌われるのは悲しいけれど、俺だけに対してなら構わない。だけどね、和を乱す事は許さない。彼が足並みを揃えなかったが為に、俺達は少なからず損害を被った」 「だから、罰を……」 「そう。これできっと、彼も改心してくれるはずだよ。まあ、もういらないんだけどさ。足を引っ張るような奴はいつまでも置いておけない。せっかくチャンスを与えてあげたのに、本当にバカだよね」 微笑んではいるけれど、気が付けば眼差しが凍てついている。 ぞくりと背筋が戦慄き、穏やかな口調で語られているというのに、かつての仲間に対する優しさなんて微塵も感じられない。 とうに見限っている、あの男の事なんてもうなんとも思っていない。 「でも、あれ以上は流石に不味いんじゃ……」 「さっきからずっと、あいつの事ばかり気に掛けるんだね。妬けちゃうなあ、俺の事はなんとも思ってくれないの?」 「そんなつもりはないんですけど……」 「大丈夫だよ。君が気にするような事は何もない。もう会う事もないから安心して」 「それって、どういう……」 「知る必要はない。君は、そんな事知らなくていいんだ。黙って俺の側に居てね」 「あ、はい……」 有無を言わさぬ雰囲気に圧され、元より歯向かう気なんてないのだけれど、何も聞けずに大人しく首を縦に振る。 すると薊は満足そうに笑い、幼子を相手にしているかのように手を差し伸べて、くしゃりと髪を撫でてくる。 整髪料で立てられた黄金色の髪が、月光に晒されて一際輝きを帯びており、薊に視線を注がれている。 「あんな事をされるんじゃないかって心配してるのかな。大丈夫だよ、來君にはしないから。それにせっかく何か出来るなら、もっといやらしい事がしたいなあ」 「え……? い、いやらしい?」 「ふふふ、冗談だよ。本当に君は面白いなあ。久しく忘れていたよ、こういう感じ。とっても新鮮」 「ちょ、からかわないでくれって、言ったじゃないすか……」 「ごめんね。君があんまりにも可愛いからさ、ついいたずらしたくなっちゃうんだよね」 一応謝ってはくれるものの、何故だろうか全く反省しているように見えない。 溜め息を漏らしつつ、何処までか嘘か本当か分からずに振り回され、目前では薊が楽しそうに微笑んでいる。 「そういえば、あれからお兄さんには会ったのかな。居るって言ってたよね」 「兄貴の話はやめて下さい……」 「ん~、その様子じゃ会っていないのかな」 「会ってないっすよ。何か問題ありますか」 「君は……、お兄さんの話になると途端に不機嫌になるよね」 「そりゃ気分のいいもんじゃねえし……、ホント全然会ってねっすよ。ま、どっかで元気にやってんじゃないすかね」 薊の前でありながら、つい先程までの控え目な態度から一変し、不貞腐れたような様子で答えてしまう。 頭では分かっているのだが、どうしても苛立ちが勝ってしまい、相手が誰であろうと不機嫌そうに眉を寄せてしまうのだ。 それでも薊は全く気にしていないようであり、寧ろ楽しそうに顔色を窺っている。 「なんすか……」 「お兄さんとは似てるのかな?」 「あんま似てねえと思うけど……、つうか何年もまともに顔見てねえからわかんねえ」 「溝が深いなあ。でも君のお兄さんなら、きっと綺麗な人なんだろうね」 「よくわかんねえっす」 「來君を見ていれば分かるよ。いつか会ってみたいなあ」 「勝手に会えばいんじゃないすかね……」 「來君……、もしかして妬いてる?」 「ハァ? 何言ってんすか、んなわけないでしょ」

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