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Unknown

唇を尖らせ、不貞腐れたようにそっぽを向けば、薊は静かに微笑む。 犬でも相手にしているかのように、よしよしと言いながら頭を撫でてきて、何と反応を返したら良いのかが分からない。 こんなつもりではなかったのに、気が付けば相当失礼な態度を取ってしまい、冷静になっていくにつれて冷や汗が滲み出てくる。 まさか兄の話をされるだなんて思っておらず、動揺して取り繕おうという気持ちすら湧かなかったのだが、恐らくどのような場面であったとしても落ち着いてなんかいられないだろう。 昔は仲が良かった、と言っても一体何年遡れば良いのかも分からず、今となっては気が遠くなる程過去の事のように感じられる。 いつからか実家へ寄り付かなくなった兄が、最近では尚の事姿を見せなくなっており、何処で何をしているのか元より興味も無いのだが不明である。 寄り付かなくなったのは自分もなので、もしかしたら兄は帰っているのかもしれないけれど、顔を合わせたところで話す事なんて何も無いのだから会わないほうがいいに決まっている。 「目の前に俺が居るのに、君は一体誰の事を考えてるの」 「あ、すみませ……」 「お兄さんの事を考えていたのかな」 「違いますよ……。もう兄貴の話はやめましょう」 「どうして? なんでそんなに拗ねてしまうのか興味があるんだけどな」 「なっ……、拗ねてなんか、ねえし……」 「よしよし。可愛いなあ、來君は」 気まずい話題から離れさせたいのに、なかなか思い通りに事が運ばず、なんだかまた振り出しに戻ってしまったような気がする。 相変わらず薊に頭を撫でられ、子供扱いされているようで納得がいかないのだが、やめろと振り払うわけにもいかないので受け入れるしかなく、それでも表情には隠しきれない不満で充ち溢れている。 「お兄さんも、來君とおんなじ悪い子なのかな」 「さあ……、いい子ではないと思うッスけど」 「そうなんだ。名前は? なんて言うの」 「それ、言わなきゃダメすか……? 兄貴の事なんて、どうでもいいじゃないすか……」 「うんうん、そうだね。もちろん來君が大事に決まっているよ。だからこそ、君に関わる事ならなんでも知っておきたいんだなあ」 止まない話題に溜め息が漏れ、会ったことすらない兄に興味を示されたように感じ、やり場のない苛立ちが僅かに込み上げてくる。 「正直に白状しないと食べちゃうよ。それでもいいけどね」 「食べるって、なんすか……」 「ん~、そうだなあ。來君が女の子になっちゃう、てところかな」 「ハッ!? お、女……!?」 「アハハッ! いやあ本当……、面白いよねえっ、くっく」 「ちょ……、また俺で遊んだんすね……。やめて下さいよ……」 何処までが冗談か分からず、相変わらず振り回されてしまっているのだが、薊は悪びれもせず楽しそうに笑っている。 頭を撫でていた手が頬へと滑り落ち、視線を合わせて囁かれた時は妙な気分に陥って狼狽えたのだが、目の前で愉快とばかりに破顔している様を見れば遊ばれていた事がよく分かる。 盛大に溜め息を漏らしつつも、先程よりは幾分か気持ちが和らいだので、嫌々ながらも求めへと応じて唇を開いていく。 「咲ですよ」 「それがお兄さんの名前? なるほど、女の子みたいだね」 「それ言うと怒るんで気を付けて下さい」 「そうなんだ。でもきっと似合いの綺麗な人なんだろうね。君に似て」 「どうだか……。本人に言ってやったらいいんじゃないすか。まあ喜ぶかは分かんねえけど」 「もう、來君たらそんなに妬かなくてもいいのに。変な気起こしちゃうじゃない」 「だから妬いてねえって言って……、変な気って……?」 また遊ばれているような気もするが、問い掛けずにはいられなくて視線を注げば、目前では薊がにこりと微笑んでいる。 そういえば、俺この人の事なんも知らねえや……。 別に詳細を追う必要も無ければ、何者であろうとも此処から立ち去る理由にはならないのだが、話している最中にふと思い出してしまった。 「そういえば、薊さんとこのチームって何て名前なんですか」 「チーム?」 「え、チーム……ッスよね。最近の事情は把握していたつもりなんですけど、薊さん達に当てはまりそうな名前って聞いたことが無くて……」 「ああ、それはそうだよ。特に名前なんて無いからね」 「え? ないんすか」 「うん、特に無いね」 笑顔で返されては最早何にも言えず、そうなのかと納得させながら引き下がるしかないのだが、名前が無いなんて珍しい。 まず始めに命名するところから事を運んでいくのではないかと思うのだが、薊の様子では本当に特に何の名称も無く動いているように窺えてしまう。 「あの人達は、それで納得してるんすか」 「さあ、話題になったこともないから分からないなあ」 「そういう、もんなんですかね……」 「まあ、よそがどういう感じなのかは分からないけど、うちはうちって事で。即席チームだからね、まずはお仕事をきちんとこなせるかが重要」 「あ、そっか。流れてきたって言ってましたもんね」 「うん。だから來君の存在は、そういった面でも非常に重要だよ。この街の事は全然分からないから、頼りにしてます」 「お役に立てばいいすけど……」 「謙虚だなあ。そういうところも可愛いよ、來君」 「可愛いなんてやめて下さいよ……」 「可愛いものは可愛いんだから仕方ない」 満足そうに微笑まれてはどうする事も出来ず、なんだかおかしな展開になってしまったなあとは思いつつも、薊との平穏な一時を過ごしていく。 一体何処からやって来たのか分からないけれど、それならば例え名前があったとしても、彼等の存在を把握してはいなかったかもしれない。 初めて会った時には薊一人であったし、群れを束ねている身であるなんて知らなかった為、あんなにも多く従えている事実を知った時には驚いたけれど、納得するのも早かった。 若者を中心に大勢が集まっている場所を求められ、知っている限りの事を伝えてきた。 流れてきた目的を、お小遣い稼ぎといつか言っていたのだが、詳しい事情はまだよく分かっていない。 目の前の青年の事ですらまだよく知らないのだから、群れとしての活動なんて更なる闇に包まれている。

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