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Unknown
「大丈夫。そんなに心配そうな顔しないで」
不安が表れていたのか、じっと一点を見つめたまま押し黙っていると、気が付いた薊に声を掛けられる。
一体何処から湧いてくる自信なのだろうか、ヴェルフェをよく知らないからこそ、こんなにも平然と飛び込んでいこうなんて思えるのだろうか。
まあ、俺も大して知らないんだけどさ……。
聞いた話ばかりで実際に見てきたわけじゃねえから、誤ってる部分もあるのかもしれねえけど……。
「その自信は何処から湧いてくるんですか……」
「來君こそ、どうしてそんなに悄気 てるの」
「それはだって……、薊さんが無謀な事を言い出すから」
「ふふ、そうかなあ。そんなにも無謀な事、俺言ってる?」
「無謀ですよ。相手はヴェルフェですよ」
「君は……、端から俺じゃ歯が立たないと思ってるんだ」
「え……、あ、いや、そういうつもりじゃ、ないんすけど……」
「じゃあ、どういうつもり? 返答によっては怒っちゃうぞ」
子供のように頬を膨らませ、拗ねた素振りを見せている薊を前に、なんと返したらいいのか分からなくなって唇を閉ざす。
端から歯が立たないと思っていたわけではないのだけれど、無事では済まないだろうと考えている。
けれどそれは、相手方に嗅ぎ付けられたらの話であり、何も始めからヴェルフェと一戦交えようというわけではない。
分かっているのだけれど、なんだか不安を拭いきれずに眉を顰め、其処から脱け出せないでいる。
自分はどうだ、自分は何がしたいのか、このまま彼等に関わっていていいのだろうかと過っても、今更背を向けて立ち去ることも出来なくて、気が付けばずるずると底無し沼へと嵌まってしまっている。
薊は悪い人ではない、と思っているけれど、だからといって特に良い人でもないのだ。
「何を迷っているの、來君。まさか俺を見捨てようなんて考えてる?」
「そんなこと……」
「ないよね。來君に裏切られたら悲しくて泣いちゃうよ」
「そんな大袈裟な……。裏切るなんて、あるわけないじゃないすか」
「そうだよね。そんな事あるはずがない。これからも一緒に居ようね、來君」
にこりと穏やかに微笑まれるも、愛想笑いすら浮かべられずに困惑し、先の事を思うと溜め息が零れそうになる。
「俺がピンチの時は、また助けてね」
「俺の助けなんて必要ないじゃないすか……」
「そんな事はないよ。怖い連中に絡まれているところに颯爽と現れた來君、かっこよかったなあ」
「もうそれやめて下さい……。俺めちゃくちゃかっこ悪いじゃないですか……」
「かっこよかったよ。見ず知らずの人を助けようなんて、なかなか出来ないと思う。えらいえらい」
またしても頭を撫でられて、幼子へと声を掛けているような態度を見せられて、ますます恥ずかしくなってくる。
薊と初めて出会った時、彼はすでに囲まれていた。
見るからに悪そうな連中に退路を塞がれていたが、それでも薊は今と同じように笑みを湛え、困ったなあと漏らしていた。
飲み屋が立ち並んでいるので、どうせ客同士で揉めたのだろうと思ったが、連れの女を口説いたなんてどうでもいい理由で絡まれていたのを覚えている。
何を言っても聞く耳持たず、完全に頭に血が上っている輩と、子分らしい者達に難癖つけられている様を見て、いつもなら無視を決め込むところだけれどなんとなく気が向いてしまい、間に割って入ってしまったのだ。
何にも考えずに飛び込んだわけだが、5、6人を相手に奮闘するのは流石に分が悪いと少し後悔するも、蓋を開ければ全てを片付けたのは薊である。
全く出る幕なんて無く、ありがとうと声を掛けられた次の瞬間にはもう一人目へと殴り掛かっていて、状況が呑み込めずにぽかんと口を開けている間に何もかも片付いてしまっていた。
思い出すだけで恥ずかしい、俺はなんだったんだ。
「それにしても酷い話だよね。俺はただ、ちらちら目が合うから笑い掛けてみただけなのに。大体話し掛けてきたのは向こうだよ~? それをいきなり頭固そうな筋肉ダルマが現れて表に出ろォッ、なんて不運にも程があるよね」
「イケメンにも苦労があるんすね……」
「まだ来たばかりで右も左も分からない時に、そんな事があったら凹むよね。俺はただ、静かに飲んでいたいだけだったのに。でもね、來君に会えたから辛い思い出ではないんだ」
「や、俺なんもしてねえし……」
「助けようとしてくれたじゃない。かっこよかったなあ。綺麗な子が現れるだけで一気に美しい思い出へと変わるよね」
「いや……、分かんないッス」
「とにかく、俺は君に救われたんだよ。ありがとう、來君。君は俺の、心の拠り所。ヘマはしない、安心していい。君は隣に居てくれればいいよ。これからもっと……、楽しい遊びを沢山しよう」
頭を撫でていた手がするりと落ち、薊は懐を漁って何かを探している。
黙って見守っていると、やがて目当ての物へと行き着いたらしく、そのまま手を差し伸べられて一瞬戸惑うような表情を浮かべてしまう。
促されるままに手を出せば、重ねられた掌と共に何かがかさりと音を立て、一体何を渡されたのだろうかと首を傾げる。
「信頼の証として、一つ預けておくね。これで俺と君は、ますます離れられなくなっちゃうね」
紡いでから手が離れ、音を立てていた物を見つめてみると、黒く小さな包みが其処にはあった。
しげしげと見つめてからハッとし、彼へと視線を向ければ相変わらずにこりと微笑まれ、どれだけ迷いが生じようとも最早処理なんて追い付かず、気が付けばとっくに薊から離れられない。
「これって……」
「使ってもいいけど、その時は是非とも俺と二人きりの時にお願いしたいかな。他の奴となんて言語道断だからね、來君」
「えっと……、どういう効果があるんですか」
「それは秘密。今ここで試してくれてもいいよ」
「遠慮します……」
「ふふ、残念だなあ」
何もかもを呑み込むような、黒い包みを託された事によって、ますます薊へと心身共にどっぷりと嵌まっていくようだ。
ただ握っている事しか出来ず、微笑んでいる薊と淡く外界を照らしている月が視界へと収まり、心の靄は晴れ渡らない。
それでも、立ち去る事は出来ずに顔を突き合わせ、時を同じくしていた。
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