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神の花
途切れぬ人波が、目前にて四方八方へと行き交い、圧倒的に若者が多い。
何処へ向かおうとしているのか、大半は数人で話しながら歩いていくが、中には一人で黙々と突き進んでいる者もおり、目的は闊歩していく人の数だけ様々である。
何とはなしに見つめ、紫煙を燻らせながら唇を閉ざし、雑踏にて人を待つ。
周りには、同じように待ち合わせをしている者で溢れており、一様に携帯電話を眺めては熱心に指を滑らせている。
交通は途絶えず、数多の声が飛び交い、音楽が際限無く蔓延り、例え辺りが闇に包まれようとも眠ることのない街が、今日も変わらぬ賑わいを見せている。
駅を視界に収めながら、植え込みの前へと設置されていたベンチに腰掛け、先程からぼんやりと時を過ごしている。
曇り空が広がっているけれど、今のところ雨は降らずに持ちこたえており、少しずつ夕闇が迫ろうとしている。
何の変哲もない一日、昨日までと然して変わらなければ、きっと明日も同じように巡っていくであろう日々にて、無感情に流れていく人々を視界に収める。
「ン~だよ、まだテメエしかいねえのか」
傍らから何か聞こえたような気がしたが、そのまま無反応に煙草を吸っていると、すぐにも苛ついた様子で大声が降り掛かり、いつの間にか視界を遮るようにその者が現れる。
「返事くらいしろやコラッ! まず視線を投げ掛けろ!」
「エンジュか」
「何かもっと他に言うことねえのかよ!」
「早かったな」
「ああ……、おう、そうだな……、テメエそういう奴だもんな……。一人で熱くなってる俺が恥ずかしいみてえになったじゃねえか……、どうしてくれんだコラ……」
「他はまだ来ていない」
「見りゃ分かる。お偉方もいねえじゃねえか、珍しいな。お抱え運転手仕事放棄かよ」
「出先だそうだ。自力で向かうからいいと言っていた」
「ふ~ん、とかなんとか言って、テメエと一緒に居たくねえだけなんじゃねえの~?」
「それならそれで別に構わないが」
「相変わらずつまんねえ野郎だなァ、おい。たまには会話を続けようっつう気概を見せろや」
視線を向けると、盛大に溜め息をついている金髪の青年が居り、トレードマークとも言えるゴーグルが額に収まっている。
中央から前髪を左右へと流し、後ろで一つに纏められている髪を揺らしながら、見るからに気の強そうな男がじっと此方を見下ろしている。
「今日の用件まだ聞いてねえぞ」
「言ってないからな」
「俺は聞いただろうが、何べんも! テメまたあのクソカマ野郎のどうでもいい案件だったら焼肉奢らせるだけじゃ済まねえからな!」
「そんな事で済むなんて見た目の割に良心的だな」
「そうだろう! 俺は結構いい奴なんだぜってちげぇよッ! あっ~となんの話をしてたっけ、てもうテメめんどくせェッ!」
「お前は騒々しいな」
「誰のせいだと思ってんだ!!」
またしてもこれ見よがしに溜め息をついてきたかと思えば、隣へどかりと腰掛けてくる。
紫煙を流しつつ傍らへと顔を向ければ、辺りを眺めているエンジュの横顔が映り込み、暫し会話が途切れる。
粗野な乱暴者ではあるけれど、裏表の無い正直な男であり、ヴェルフェという群れの中では珍しい存在とも言える。
だが容赦はしないので、相対する者によっては彼が誰よりも残酷に、悪魔のように映り込むこともあるやもしれない。
まあ、此処に居る時点で善人ではない。それだけのことか。
「あ、つうかもしかしてよォ、あのいけ好かねえクソ野郎も来んのか?」
「それって僕の事? この金髪クソゴリラ。髪の色被ってていい加減不愉快だから早く変えてって言ってるでしょう? 目障りなんだよ、死ね。テメエみてえな下等な分際で似合ってるとでも思ってんのかァ? 図々しんだよクソが」
「お前の言うクソ野郎とは憂刃 の事か。奴ならお前の後ろに居るぞ」
と、紡げば即座にエンジュが振り返り、あからさまに見下している憂刃を視認するや否や、お決まりのゴングが高々に打ち鳴らされていく。
現れたかと思えば、すらすらとエンジュへ罵詈雑言を浴びせかけ、黙っていられるわけもなく売り言葉に買い言葉が繰り広げられていき、見慣れた光景が眼前にて広がっている。
本人達にとっては由々しき事態かもしれないが、端から眺めている分には平和そのものであり、よく飽きもせず繰り返せるものだと感心してくる。
「なんでテメエが気に喰わねえからって俺が髪の色変えてやんなきゃなんねえんだよ! テメエが変えろや!」
「ハァ~? なんで僕がわざわざそんな事しなきゃならないの? まあ、どんな色にしたって似合っちゃうけどさァ~、僕って超可愛いから。漸様が言うなら喜んで変えるけどォ、テメエなんか死ねカス。うぜんだよ、ハゲ」
「テメエなアァッ……、今日という今日はゼッテェ泣かすからなァッ!!」
「やだ、こわ~い。野蛮。で、いつ髪の色変えんの」
「変えねえよクソがッ!!」
両者一歩も譲らず、つい先程までの様相からは一変し、今ではあまりにも騒がしくいがみ合っている。
最早挨拶代わりとも言えるやり取りは、顔を合わせればいつでも何処でも行われるのだが、憂刃の場合は漸が不在の時に限る。
漸が来れば一目瞭然だが、途端に大人しく猫を被ってしまう為に、今しがたまで繰り広げられていたやり取りがお目見えする事はまず間違いなく無い。
頂点であれば誰にでも、というわけではない。
漸だから、それ以外に理由なんて必要もなく、憂刃の世界は白銀のみで廻っている。
右と言えば右、疑問なんて一切湧かなければ、漸という存在以上に重大な事など憂刃に有りはしないのだ。
純粋な好意、憧れとは違う、そのような容易い感情などとうに飛び越えて、もっとずぶずぶと深みへと溺れ、崇め、粘着している。
あの男は、一体何処まで気が付いているのだろうか。
素知らぬ振りを決め込みながらも、常に周囲へと網を張っているような男である。
憂刃の本質なんてとうに見抜いているはずだが、あえて泳がせながら楽しんでいるのだろうか。
今まで出会ってきた誰よりも、彼は腹の底を探らせない。
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