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神の花

一体何が、漸へと絡み付いて離れないのだろうかと考えて、すぐにも一人の男が浮かび上がる。 彼や、取り巻いている環境の全てが、見事なまでに漸や自分を始めとしたヴェルフェとは正反対で、いつしかとても興味深い存在となっている。 これまでは、風の噂や鳴瀬から話を聞くばかりで、実際に面と向かって言葉を交わすような機会は特に設けなかった。 わざわざ会いに行く程の事ではないと考えていたし、そうまでして関わる必要性は感じられなかった。 それが今では、新たな飾りを頂に添えた事を切欠に、ヴェルフェへと根深く絡み付いてくるようになったのだから、本当に何が起こるか分からないものだとつくづく思う。 行く末にて彼が、ディアルがどのような役割を担っていくのかは現時点で不明だが、今後もなんとなく切れそうにない縁を感じてしまう。 そうしてそれを紡いでいるのは、恐らく頂に座している者達であり、何を考えているのかは分からない。 だが少なくとも漸は、真宮から何かしらの影響を受けているような気がする。 未だ確証の持てない段階ではあるが、何処か特別視している節があり、自分ではもしかしたら気が付いていないのかもしれない。 若しくは気付いていながらも認められずに目を背けているか、はたまた気にも留めていないのだろうか。 だが意識はしている、確実に。 蔓延る低俗な輩とは違うと認識し、真宮という男を見つめている。 其処に揺蕩う感情とは何だろうか、特に興味は無いのだけれど、他へと向ける視線とは異なっているように感じられる。 これを、この現実を、彼を神格化して心底崇めている人間が知れば、どうなるだろうか。 それはとても許される事ではない、裏切りとも呼べる行為であり、きっと突き付けられた崇拝者は事態を受け入れきれずに暴走し、最後には身を滅ぼす。 ふと、流れていく紫煙の中へと憂刃が映り込み、まだ何も知らずにエンジュと戯れている。 あの男の変化は、内面だけにとどまった話ではなく、表面上にも少しずつ顔を覗かせている。 あれから憂刃は、まだ漸に会ってはいない。 だから、まだ知らない事が一つある。 「あ、お偉方来た」 「え、どこどこどこちょっと邪魔!」 「いって……! テメ何すんだよ!!」 「あ~! いや~ん漸様だ~! 今日も素敵! 汚物の中でも揺らがない美しさ……、本当尊い……」 「せめて人間として扱ってやれよ、通行人を……」 「あ、テメエは汚物にも満たねえから。僕の視界からとっとと消えてくれる? 漸様来たからテメエもういらねえわ、ご苦労さん。死ねカス」 「おいテメエなアァッ……、暇潰しに付き合ってやったみてえな面してんじゃねえぞってか聞けエェッ! コラアァッ!!」 目当ての人物がやって来た事で、憂刃の意識は根刮ぎ漸へと注がれていき、ぞんざいな扱いを受けたエンジュは負け犬の遠吠えのように唸りを上げている。 いつもの事だが、アイツも懲りないな。 エンジュから視線を逸らし、美しき支配者へと駆け寄っていく憂刃の背を見つめていると、程無くして急に足を止めて身を固める。 群衆など霞む程、始めから存在していないかのように、銀髪を風に揺らめかせて歩んでいる青年には、柔らかな笑みが湛えられている。 そうして口元には、きっとまだ何者かに付けられた痣が残されている。 それを憂刃が見たのであろう事が分かり、衝撃を受けている様が顔を見なくてもよく分かる。 「どうしたんですか……、その怪我」 「ん? ああ、これ……? 大した事じゃない」 「そんなっ、殴られたんですよね! 何処の誰にですか!? 漸様の綺麗な顔に傷がっ……、ひどい……! 許さない!」 「大丈夫。そんなに大した怪我じゃない。こんなものすぐに消えて無くなるよ。心配してくれてありがとう」 「でもっ……」 やはり漸の怪我を見て騒ぎ始めた憂刃が、納得のいかない様子で後を付いて歩いている。 予想通りであり、あんなにも目立つところへと刻まれている証を、憂刃が見過ごすなんて有り得ぬ事だ。 それでも漸は気にも留めず、柔らかな笑みを湛えながら憂刃の頭を撫で、優美な佇まいを崩さずに歩を進めている。 相手によって最も適した言動で接する、抜け目のない男である。 「やあ、皆様お揃いで。待たせちゃったかな」 辿り着く前にナギリと共に立ち上がり、程無くして目の前へとやって来た漸が、笑顔で声を掛けてくる。 「オッス~! お偉方! そんな大して待ってねえよってイッテェ! っにすんだテメこのくっそ野郎……!」 エンジュが笑顔で気さくに返答をすれば、無礼な態度に映り込んだのであろう憂刃によって、死角から脛へと痛烈な足蹴が飛び、苦悶と怒りを混ぜ合わせながら金髪の青年が声を荒くする。 憂刃はつんとそっぽを向き、相手にもせずに漸の傍らにて佇んでおり、先程までの罵詈雑言は何処へやらといった感じで大人しくしている。 「今日はどうしてお呼ばれしたんだっけ」 「此処からすぐ近くだ。着いてから本人に確かめたほうが早い」 「そう言ってテメ説明すんのめんどくせぇだけだろっ」 「まあ、否定はしない」 「否定しろよ!! わけも分からずにやって来た俺達偉くねェッ!?」 「お前の場合は、のこのことやって来た間抜けかもしれない。一番に罠に掛かるタイプだな」 「おいコラなんで俺だけなんだよ納得いかねえしひでぇし」 「まあまあ、行こうか。ほらエンジュ、機嫌直して。ね?」 エンジュの肩へと指を這わせ、笑い掛けている漸に促され、渋々といった感じで退くと背を向ける。 漸と何事か話しながら歩を進め、自然とナギリが後を追う形で踏み出していき、道案内をするかと動き始めようとしたところで、一人だけまだ立ち止まっている事に気が付く。 「ねえ、ヒズル」 目の前で佇んでいる人物からは、先程まで漸へと取り繕っていた仮面は無く、禍々しさすら感じる雰囲気を携えながら、伏し目がちにそっと囁いてくる。 「あの傷、誰の仕業なの。君なら何か知ってるんじゃないの」 「知らないな。聞いたがはぐらかされた」 「本当に……? 何も知らない? 隠し事なんてしてないよねえ」 「隠したところで、俺に何か利があるか。現場に居たわけではない。よってアイツが誰に手傷を負わされたのかは知らない」

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